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111【真意㉗】

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 仮にも、県内最大級の規模を誇る高級ホテルの、監視カメラの映像。それが外部に漏れ悪用されることにでもなったら、ホテルとしては大きな信用問題だ。安易に、漏えいするような真似はしないはず。

 手に入れるには、何が必要?
 お金? それとも――。

『金を積まれれば、違法スレスレの、というか立派に犯罪モノのことを平気でやってのける輩ですよ』。穏やかな口調で語られた、探偵さんの物騒極まりない言葉が頭の中でぐるぐると渦をまく。

 普段の生活からは考えられないような、非日常の凶事。立ち入ってはいけない場所に、片足を突っ込んでしまったような恐怖感が、足元からじわじわとせりあがってくる。

 ゾクリ、と、背筋に、悪寒が走った。

「やっぱり、怖がらせてしまったみたいだな……」

 溜息とともに落とされた呟きに、ハッとして、私は、隣に座る課長の顔を見上げた。

 申し訳なさそうに向けられる課長の瞳に、『見せなければよかった』という、後悔の念が見えるような気がした。

「平気です。ぜんぜん平気です!」

 確かに怖いけど、課長がこの写真を隠さないで見せてくれたことは、素直に嬉しい。

「むしろ、よくぞ撮ったものだと感心しちゃって。プロってすごいですねー。仕事にかける情熱を見習わなきゃですね」

 あはははと、どうにか笑みを作り、手に握りしめていた写真のしわを伸ばして、テーブルに置いてあった写真に混ぜて、はいと手渡せば、課長は少しだけホッとしたように口元を緩めた。

「写真を撮らせた相手もはっきりしてるし、その目的もある程度わかっているから、この件で、君に直接アプローチがあることはまずないとは思うが、念のために言っておく」

「はい?」
「もし、この写真に関連して、なんらかの接触があったら、すぐ、俺に教えてくれ」
「なんらかの接触……ですか」

『あんたの恥ずかしい写真を持っている』
 とか脅されちゃったら、それは、かなり嫌かも。

 でも、もしも本当に接触して来たら、それはそれでどんな了見なのか問い詰めてみたい気もする。

 盗撮だしプライバシーの侵害だし、犯罪スレスレ、っていうか立派に犯罪だし。

 うー、なんだか、怖いのを通り越してむかっ腹がたってきた。

 もちろん気がするだけで、実際はそんな無謀なことはしないけど。

……たぶん。

「わかりました」

 にっこりうなずくと、課長は、私の心の声を聞いたかのように疑惑の眼を向けてきた。

「本当に、『すぐ』に、知らせてくれよ?」

『すぐ』にのところに妙な力がこもっているのが、少し面白くない。

「なんですかその不審げな眼差しは? ちゃんとお知らせしますよ。私、怖いのは苦手ですから」
「……本当に?」

 うかがうように見つめられて、思わず、ドキリと鼓動が跳ねる。

 なんだかもう、仮にも年上の上司に対して、『その表情可愛いー』とか思ってしまった自分が、恥ずかしい。

「本当に、本当に!」

 照れ隠しにこくこく頷き、さりげなく腕時計に視線を外す。

「あ、ほら、もうこんな時間ですよ。病院、混んじゃわないうちに行きましょう!」
「もう、だいぶ具合はいいんだが。やっぱり、いかなきゃダメか?」

 またまた、うかがうように見つめられて、一瞬合ってしまった視線を慌てて外す。

「ダメです」
「ほら、今日一日ゆっくり寝てれば治るから」
「病院に行ってから、お薬を飲んでゆっくり寝た方が、もっと良く治りますよ」

 目を合わせるとほだされてしまいそうになるから、鼻を頭あたりに視線を固定してにこにこ微笑むと、課長は言葉に詰まった後、あきらめたように溜息をついた。

「……そうだな」
「はい、そうです」

 かくして。
 最後まで気が進まない様子だった課長を無事病院に送り届け、ただの風邪という診断結果に、一安心。

 こうして、私の、ちょっとスリリングな非日常体験は終わりを告げた。

 はずだった――。

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