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106【真意㉒】

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 探偵さんの分のグラスを下げて、腕時計に視線を走らせれば、十二時十分。既に、お昼を回っていた。

 中央病院までは、ここから車で約三十分ほど。今から向かえば、午後の診療開始時間には、余裕で間に合う。朝食がだいぶ遅かったから、昼食をとるには、まだ早いとは思ったけど、念のため。

「課長、お昼どうされますか?」

 キッチンスペースから、ソファーに腰を下ろしてアイスコーヒーの残りを飲んでいる課長に聞いてみる。

「ああ……昼か。俺は、まだいいかな。あまり食欲ないし。君はどうする? 何か食べるなら、ルームサービスを取るけど」

 ルーム・サービス!

 課長の口から、当たり前のように飛び出した、ハイソ・ワードに、思わず目を丸める。

 そうか、そういう便利なモノがあるのか。どうりで、冷蔵庫が空のわけだ。

「あ、これ、ごちそうさま」
「あ、はい!」

 洗っていたグラスをキッチンカウンターに伏せて、小走りに、課長の元へと向かう。受け取ったグラスは、空になっていた。

 普段はブラックコーヒー・オンリーの課長だけど、体が弱っている今は甘めの方が良いかなと思って、ほんの少しだけ砂糖を入れた『微糖アイスコーヒー』はお気に召してもらえたらしい。

「美味しかったよ」

 お褒めの言葉と柔らかい笑みを向けられて、思わず頬の筋肉が、へにゃりと緩みそうになる。リップサービスだとわかっているけど。嬉しいものは、嬉しい。

「コーヒー。ホットでもアイスでも、おかわり、ありますけど?」
「ああ、ありがとう。でも、今はいいかな。せっかく落としてもらったから、後のお楽しみにとっておくよ」
「コーヒーくらいなら、いくらでもいれますよ」

 なんだか。こういうシチュエーションって、まるで新婚さんみたいじゃない?

『あなた、お食事にする? お風呂にする?』みたいな、ベタで幸せすぎる、部屋でまったりの、日常会話。

 いやいやいや。ないから、それは。

 一人百面相をしそうになり、慌てておバカな想像という名の妄想をかき消すと、テーブルの上を片付けにかかる。

「課長、もしかして、食事は全部ルームサービスとかですか?」

 何気なく質問すると、課長は「まさか」と、苦笑いを浮かべた。

 アイスコーヒーを作るときに、チラリと覗かせてもらった冷蔵庫の中には、缶コーヒーと缶ビールが無造作に詰め込まれているだけで、食材のたぐいは全く入れられてなかった。

 男性の一人暮らしだから、こんなものなのかな?

 そう思ったけど、電話一本で食事が運んで貰えるなら、わざわざ材料を買ってまで、料理をすることもないのかもしれない。

 もっともこんな不経済なこと、元手がなければできない芸当だけど。

「ルームサービスは、ほとんど使わないな。不経済だしな」

『だろう?』

 っていうみたいに悪戯めいた視線を投げられ、心の声を聞かれたのかと、笑顔がひくひくとひきつってしまう。

――エスパーですか? 課長。

 時々ある、こういう瞬間。

 まさに、ジャスト・ミートで考えを読まれては、ドキリとさせられる。



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