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54【逢瀬⑦】
しおりを挟む刻一刻と、『その時』が近づいていた。暴れ出した鼓動と共に高まっていく初めての感覚に、全身がピリピリと張りつめていく。力を込めて握りしめた手のひらから伝わるリズミカルな振動が、早まる鼓動に拍車をけて更に私を追い詰める。
「うっ……」
あまりの緊張感と恐怖感の合わせ技に、思わず口からうめき声が漏れてしまう。
怖い。怖すぎるっ。
ギュッと握りしめた両手に、救いを求めるように更に力を込める。
女歴二十八年で体験するこの恐怖。
やっぱりよすんだった、やめておくんだった。
後悔しても後の祭りで。ことここに至ってしまえば、今更逃げ出すことなどできはしない。パニック寸前の脳細胞でも、そのくらいは理解できる。でも、怖いものは怖いのだ。
『大丈夫。ぜんぜん怖くないから、平気ですよ』
飯島さんの陽気な笑顔に、コロッとその気になった自分の浅はかさが、恨めしい……。
この手のことは、はっきり言って得意じゃない。
否、得手不得手以前に、大っ嫌いだっ!
「高橋さん、目を瞑っていたら、何も見えませんよ?」
俯いて、ひたすら体を強張らせている私にの耳元に、笑いを含んだ飯島さんの明るい声が落ちてくる。
そんなこと言っても、体が言うことを聞かないんですってば!
「ううっ……。どうせっ」
手足にめいいっぱい力を込めているせいで、思うように声が続かない。
「どうせ?」
「どうせ、メガネを外したら、何にも見えませんからっ」
見えないことが、余計に恐怖感を煽ってしまう。なら、目を開ければ良いようなものだけど、防御本能と言うヤツが勝手に反応してしまうのだ。
「でも、全く見えない訳じゃないでしょう? ほら、ほら、目を開けて」
って、人の頬っぺたをつっ突くんじゃない、好青年!
いや好青年の皮を被った……ガキ大将めっ!
心の叫びは声にはならず、次の瞬間、体を包んだ浮遊感に全身が凍った。
ひ、ひ、ひえーーーーっ!!
「うーーーーっ!?」
ストンと気分は垂直落下。そしてすぐさま右に左に斜め上。
変幻自在で体にかかる重力と遠心力の相乗効果の荒業に、声にならない悲鳴を上げ続け。
「ほら、目を開けて!」
飯島さんの声に励まされて、おそるおそる開けた目に飛び込んで来たのは、一面のブルー。その色彩に視界を満たされた瞬間、すべての音が消えた。そこここで上がっていた悲鳴や歓声。自分の荒い呼吸音すら消えたその瞬間。
ああ、綺麗だなぁ……と、確かに感じた。
※ ※ ※
飯島さんが私を連れて行ってくれたのは、県北にある県で唯一存在する『遊園地』だった。規模はさほど大きくなく、動物園と併設されている老舗のテーマパークだ。
今日は、折しも土曜日。それも晴天のお昼時となれば、親子連れやカップルで大賑わい――、かと思いきや、不景気な世情を反映してかそれほど人出は多くなく、どこかのんびりとした空気が漂っていた。
遊園地内の軽食スタンドでハンバーガーセットを買い込み、パラソル付のテーブルセットの一つに私と飯島さんは陣取った。
周りを見渡せば、幼い子供連れの親子が、賑やかにテーブルを囲んでいる姿が目に入る。楽しげにじゃれあう子供たちと、それを見守る両親の慈愛に満ちた笑顔が、脳裏に懐かしい思い出を甦らせる。
私が小さい頃。まだ父が現在で、母は忙しく仕事に追われることもない専業主婦だったあの頃。
あんな風に家族水入らずで、遊園地に連れてきてもらったことがある。楽しくて温かくて、そして幾ばくかの切なさを内包した懐かしい記憶――。
「しかし、本当に初めてだったんですねー高橋さん」
愉快そうな飯島さんの声に、ハッと現実に引き戻される。
「あ、あはははは……」
ジェットコースターから、ヘロヘロの体で飯島さんに抱えられるように降りてきたのは、ついさっき。
まだ、足元がフワフワしている。
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