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37【告白⑫】
しおりを挟む「課長、こちらは清栄建設の現場監督の飯島さんです。私も、何度か同じ現場でお世話になっているんですよ」
一部の隙もない課長の笑顔にビビりながらも、なんとか飯島さんを紹介する。
「いつもお世話になっております。太陽工業工務課の課長をしております、谷田部と申します」
「ああ、ええと、清栄建設関東エリア中央建築部の飯島です。こちらこそ、特に高橋さんにはお世話になっています」
飯島さんが『特に』と言った後に、課長の笑顔が一瞬ひきつったように見えたのは、きっと気のせい。
「そうですか、ご迷惑をおかけしていなければ良いのですが」
「いやー、彼女はとても優秀ですよ。鉄骨に関しては私の方が高橋さんに教えてもらっているくらいですから」
「そうですか」
おどけたように屈託なく笑う飯島スマイル対、いつもよりも完璧に見える課長スマイルの間に入り、なぜかものすごく居心地が悪いことこの上ない。
――な、なんだろう、この気まずい雰囲気。
初対面のはずなのに、この二人、気が合わないのだろうか。
そうこうしているうちにパーティーは始まり、少し長い開催者挨拶の後『乾杯』の音頭があった。お酒は自重しようと心に固く決めていたので私はウーロン茶で失礼して、その後、銘々に歓談しながらの立食タイムに突入。会場内では個人間でのあいさつ大会が始まった。
課長と連れだった私も、何人かの顔見知りの監督さんや業者の人たちと挨拶を交わしながら、隙間を縫って少しばかり料理を口に運ぶ。
でもこういう場所って、せっかくのご馳走も食べた気がしない。そもそも誰に会うか分からない緊張の連続で、料理を味わっている余裕なんてない。
そんな私の傍らには、如才なく挨拶を交わし名刺交換に励む課長と、なぜか色黒の御仁がずっとくっ付いていた。色黒の御仁とは、言わずと知れた飯島耕太郎さんだ。
「しかし、今日の高橋さんは、綺麗だなぁ。本当、惚れ直しそうです」
「飯島さん、もしかして酔ってますか?」
なぜか、コバンザメのごとく私の傍らにくっ付いている飯島さんを見上げて問えば、実に爽やかな笑顔が向けられる。
本音を言えば、側にいられるとボロがでそうで困るんだけど、相手は今日の主宰者側の監督さん。むげに冷たい態度を取るわけにもいかず、にこやかな、でも多分引きつっているだろう笑顔をどうにか浮かべた。
「俺、酒にはめっぽう強いので、ちょっとやそっとじゃ酔いませんよ。せっかく色々な酒が揃っているから、飲み比べしてみますか?」
いつの間にか一人称が『私』から『俺』になってるし。緊張しっぱなしの私とは違い、飯島さんはリラックスモードだ。
「あ、あははは、ご遠慮しておきます。私はあまり強い方じゃないので、きっと勝負になりませんから」
『課長の歓迎会の悪夢』が脳内を勢いよく駆け巡り、更に笑いが引きつってしまう。
いつも元気で陽気な監督さんだけど、今日はまた特別底抜けて明るい。多少お酒が入っているせいだろうか。
泣き上戸とか笑い上戸とかあるけど、これは何上戸なのだろう?
「じゃあ、谷田部さんはどうですか? いける口ですか?」
私にお酒を飲ませることを諦めたのか、飯島さんは課長に笑顔で話を振った。対する課長もいくらかお酒が入っているはずだけど、鉄壁の営業スマイルは崩れない。
「ええ、まあ、それなりに。弱くはないと思いますが」
「おっ、それは頼もしい」
その答えを待ってましたとばかりに、ニッコリと飯島さんの顔に会心の笑みが浮かんだ。
「じゃあ、パーティの後、三人で二次会に行きましょう!」
――は、はいっ!?
とんでもない提案と言う名の決定事項に、思わず点目になったのは言うまでもない。
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