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36【告白⑪】
しおりを挟む受付で着替えの入った荷物を預かってもらい、いざパーティ会場のホールに一歩足を踏み入れたその瞬間、私は目の前に広がる光景に驚いて、思わずその場で足を止めた。
広い。広すぎる。なにこれ?
故郷の結婚式場のホールが三つは余裕で入ってしまうあまりのだだっ広さに、ただただ呆然と会場内を見渡す。その広々とした空間には大きな丸テーブルが適度に配置されて、豪勢な料理や飲み物が所狭しと置かれていた。
どうやら立食、バイキング形式のパーティらしい。
ああ、履きなれた黒パンプスでよかった……。
さすが天下の清栄建設。会場も広ければ、参加者の人数も半端じゃない。人ごみが苦手な私は、その光景だけで眩暈がしそうだ。
うわぁ、課長とはぐれないようにしないと。ここで迷子になったら、それこそ会社の大恥だ。行く先々の清栄建設の現場で、きっと語り草になってしまうに違いない。こ、心してかからねばっ!
なんて変な決意を固めながら、先を行く課長の背を追いかけようと足を踏み出したとき、背後からトントンと肩をたたかれた。
「高橋さん!」
闊達とした張りのある声に名を呼ばれ、振り返る視線の先には見覚えのある色黒の好青年の姿があった。
課長ほどではないけど上背があり、そのガッチリとした体躯は日々の現場仕事の賜物で、健康的な日に焼けた肌と少年のような屈託ない笑顔を持つこの人は、飯島 耕太郎さん。私よりも二歳年下の二十六歳。何度となくお世話になった顔なじみの、清栄建設の現場監督さんだ。
「飯島さん、とても盛大なパーティですね。あ、葵物産の工事では大変お世話になりました」
「こちらこそ、大変お世話になりました」
私がペコリと頭を下げると飯島さんも同じしぐさでペコリと頭を下げてから、外見と同じに陽気な声でカラカラと笑った。
「いやぁ、なんだか見違えちゃいましたよ。いつも事務服にスニーカー履きで、安全ヘルメットを被って図面を小脇に抱えて現場を闊歩 している高橋さんのこんな姿が見られるなんて、サボらないで出席した甲斐がありましたよ」
まさに飯島さんの言葉通りで、色気のかけらもなく工事現場を歩き回っている普段の私の姿からすれば、今のドレスアップした出で立ちは、我ながらすごい変わりようだと思う。
なんとなく、童話のシンデレラが思い浮かんで苦笑してしまう。
シンデレラの魔法は、午前零時になれば消えてしまう、時間制限付きの儚い魔法。日頃着ることのない高級服を纏っていつもと違うメイクで変身して、一夜限りのパーティに出ている、まるで今の私みたいだ。
「ありがとうございます。素直に喜んでおきますね」
「今日は、社長の名代ですか?」
「あ、はい。実は社長が急に都合が悪くなってしまったものですから、私と、工務課の課長と二人でお邪魔したんです」
「工務課の課長って、木村さんだっけ?」
「あ、いいえ、木村は今病気療養中でして、新任の谷田部と一緒に来ています」
「谷田部さん?」
「まだ就任して間もないので、飯島さんは面識がないと思いますけど……」
入り乱れる人波の中に視線を巡らせると、私が来ないことに気付いたのか課長が戻ってくるのが見えた。
「高橋さん、こちらの方は?」
歩み寄ってきた課長は、私の傍らに立つ飯島さんにニコニコと人好きのする笑みを向けた。
――うわ、これ、営業スマイル全開だ。
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