36 / 211
35【告白⑩】
しおりを挟む大手ゼネコン清栄建設主催の関係業者交流パーティ。その開催時間の十九時まで、あと十分。
ほぼ予定通りの時間に、ホテルの玄関前に横付けされたタクシーを降りた私と課長は、会場である五階のパーティ・ホールに向かうべく、エレベーターに乗りこんだ。
充分な広さがあるエレベーターの中には、やはりパーティに向かうのだろうか、スーツにドレスと言った正装を纏っている数人の同乗者がいた。エレベーターの中にも、上等そうな毛足の長い絨毯が敷き詰められていて、足元の心もとなさがよけいに緊張感に拍車をかける。
ホテルでディナーなんて、いつ以来だろう?
確か、最後は従妹の結婚式で、二年前。あの時は故郷の小規模な結婚式場だった。今日の会場は、国内でも最大の規模を誇るホテルチェーンの『ロイヤル』。格式も高く、建物の規模からして全然違う。
どうも、こう言う華やかな賑々しい場所は性に合わない。ファミリーレストランでランチセットでも食べていた方がよっぽど美味しいと感じるこの性分を、たぶん貧乏性と言うのだろう。
でもこれは仕事。それも社長の代理となれば、責任は重大。
仕事だ、仕事だ、仕事だ、仕事っ!
念仏のように、心の中で自分に言い聞かせてみるけれど、プレッシャーはエレベーター並に、加速をつけて大きくなっていく。
――うーっ、やだなぁ。緊張しちゃうなぁ。
緊張と不安で冷たくなった指先をほぐそうと、ごしごしこすり合わせていたら、隣から低い笑い声が降ってきた。もちろん、笑い声の主は谷田部課長だ。
「なんですか課長、その意味深な笑いは?」
場所柄をはばかって、若干不機嫌さを滲みださせた小声で言いつつ、チラリと隣に佇む課長の横顔に視線を走らせたら案の定、愉快そうに口の端を上げている。
「いや、別に。なんでもない」
そう言って、また喉の奥でクスクスと笑う。
「なんでもないのに笑わないで下さい、気になりますから。何か変だったら、はっきり言って下さいね。会社の恥にはなりたくないので、私」
あくまで小声で、でも課長には声が聞こえるようにと、耳元に口を寄せて早口にそれだけを言ってすぐに身を引く。
「いや、別に変だというわけじゃいんだ。ただ……」
「はい?」
言葉の続きを待ってたら、課長はふっと目元を和らげた。それは、特別な記憶に思いを馳せるようなとても穏やかで優しい表情で、思わずドキンと鼓動が波打つ。
「人間、年を重ねても、なかなか本質は変わらないものだと思って」
本質?
それって、私のことを言っているのだろうか?
それとも、課長自身のこと?
「変わらないから、本質なんじゃないですか?」
思いついたまま素直にそう言うと、課長は再び口の端を上げた。
でも、今度の笑みはどこかさみしげで。
「そうだな……」
落とされた呟きもやはり、心なしか元気がないような。
何か言葉をかけようとした時、『チン』とベル音が鳴り、目的階へ到着したことを告げた。
「さあ、行こうか」
「はい」
一歩先を踏み出した課長の横顔からは、もうさっきまでの愁いを含んだ表情はきれいに払拭されていた。そのいつも見慣れているはずの『ニコニコ営業スマイル』がなぜか寂しく感じてしまうのはどうしてだろう。
「高橋さん?」
「は、はい!」
いけない。仕事だった。ぼんやりしてはいられない。
よけいなことは考えない。
今は、パーティでヘマをしないように、その最低ラインだけを考えよう。
0
お気に入りに追加
962
あなたにおすすめの小説
【完結】【R-18】婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話
さぼ
恋愛
平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。
サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。
恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで……
元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる?
社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。
「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」
ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。
仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。
R-18シーンは※付きです。
ざまぁシーンは☆付きです。ざまぁ相手は紘人の元カノです。
表紙画像はひが様(https://www.pixiv.net/users/90151359)よりお借りいたしました。
新米社長の蕩けるような愛~もう貴方しか見えない~
一ノ瀬 彩音
恋愛
地方都市にある小さな印刷会社。
そこで働く入社三年目の谷垣咲良はある日、社長に呼び出される。
そこには、まだ二十代前半の若々しい社長の姿があって……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
昨日、課長に抱かれました
美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。
どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。
性描写を含む話には*マークをつけています。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
上司と部下の溺愛事情。
桐嶋いろは
恋愛
ただなんとなく付き合っていた彼氏とのセックスは苦痛の時間だった。
そんな彼氏の浮気を目の前で目撃した主人公の琴音。
おまけに「マグロ」というレッテルも貼られてしまいやけ酒をした夜に目覚めたのはラブホテル。
隣に眠っているのは・・・・
生まれて初めての溺愛に心がとろける物語。
2019・10月一部ストーリーを編集しています。
【R-18】SとMのおとし合い
臣桜
恋愛
明治時代、東京の侯爵家の九条西家へ嫁いだ京都からの花嫁、大御門雅。
彼女を待っていたのは甘い新婚生活ではなく、恥辱の日々だった。
執事を前にした処女検査、使用人の前で夫に犯され、夫の前で使用人に犯され、そのような辱めを受けて尚、雅が宗一郎を思う理由は……。また、宗一郎が雅を憎む理由は……。
サドな宗一郎とマゾな雅の物語。
※ ムーンライトノベルズさまにも重複投稿しています
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜
花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか?
どこにいても誰といても冷静沈着。
二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司
そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは
十条コーポレーションのお嬢様
十条 月菜《じゅうじょう つきな》
真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。
「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」
「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」
しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――?
冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳
努力家妻 十条 月菜 150㎝ 24歳
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる