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34【告白⑨】
しおりを挟む会社を出て間もなく到着した社長御用達の高級ブティックには、目の飛び出るような値段の高級服がずらりと並んでいた。ゼロの数が半端じゃない。桁数が完璧に一つ二つずれている。普段着は千円トレーナーとジーンズで過ごす私には、まさに別世界。否、別次元だ。
「あの、これって、レンタルにならないですよね?」
思わず、店員さんに聞いてしまった。
「まあ、ご冗談を」
スレンダーな熟年店員さんはオホホホと品の良い笑いで、私のばかな質問をジョークとして流してくれた。
――ですよねぇ。わかってます。言ってみただけです。
「高橋さん」
「はいっ?」
店の一角に置かれたオシャレなテーブルセットに鎮座して、用意されている雑誌を見るともなしにペラペラとめくっていた課長に名を呼ばれ、ドキリと視線を走らせる。
「これは仕事なんだから、服装を整えるのもまた仕事。だから遠慮などすることはないんだ。好きな服を選んだらいい。どうせ払うのは、あの狸親父だ」
「あ、あはは……」
そう言われても、二十八年で培われてきた経済観念が『それはダメでっせ』とエマージェンシーを発してしまう。
せめて、一番安いものを選ぼう……。
ああでも、どれもこれも高い、高すぎるー!
「俺は、三番目に見た服が似合うと思うけど?」
迫る時間に、決まらない服。焦りまくる私に、背後から課長の助け舟が飛んで来た。どんな服を選んでいるのか、ちゃんと見ていてくれたらしい。
「まあああ、お目が高い。これは私共の店でも人気が高いブランドです。それに、スタイルが良くっていらっしゃるから、とてもデザインが映えますよ!」
ここが押し時とばかりに、店員さんはハンガーから服を外して私の体に当ててみせる。
確かに、素敵だ。
品の良いワインレッドのワンピースに、ダークレッドの同素材のボレロがついている。私的にも好きなデザインだ。でも――。
「えっと、その……」
「気に入らないのか?」
課長に真っ直ぐな瞳で問われ、ドギマギしてしまう。
「いいえ、そういうわけじゃないですけど……」
高いんですってば。
私の給料なんて、軽くスッ飛んでしまうくらいに、高いんです!
って、叫べたらどんなにいいだろう。
「じゃあ、それで決まりだ。遅刻はできないぞ? さあ、着替えた着替えた」
『遅刻はできない』。その一言に、背中を押されてしまった。
そして再び、パーティ会場に向かうタクシーの中。
「靴やアクセサリーも揃えたかったが、さすがに時間切れだな」
足元に視線を落として言う課長に、私はフルフルと頭を振った。
「これで、充分ですよ。履きなれない靴は、足を痛めますから」
「それもそうだな」
流れる、穏やかな空気が心地よい。
そう、靴は自前の黒いパンプスで充分。
そんなに何もかも身の丈に合わないモノばかり身に着けていたら、自分が自分でなくなりそうで怖いから。
私は、このままでいい――。
初めて出席する大手ゼネコン主催の関係業者交流パーティ。これはれっきとした仕事だ。それは分かっているけど、どうしても、心の奥底にさざ波が起こるのを止められない。
ギュッと目をつむり再び目を開けた時、ゆっくりと流れゆくタクシーの窓の外で、太陽の最後の光が闇に落ちたビルの陰に微かな光を投げかけていた。
黄昏は、もうじき闇に飲まれる。
そして、波乱含みの、パーティの幕は上がっていく。
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