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エピローグ 好きだと、言って。
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しおりを挟む時は、ゆっくりと、優しく流れていく。
悲しみを、懐かしい思い出へと変化させながら、優しく流れていく。
そして、三度目の夏が訪れた――。
今年の夏も、空には、相変わらずの綿菓子みたいな入道雲が、モクモクと広がっている。
さわさわと梢を揺らすのは、少しだけ秋の気配が混じった、まだ十分に湿気を含んだ生ぬるい風。
静かに立ち並ぶ墓標の中を、夏を惜しむかのようなヒグラシの、どこかもの悲しい鳴き声が響いてくる。
日が傾きかけた夕暮れ前の、人気のない墓地の一角。
毎年訪れている墓石の前で、濃紺の浴衣に身を包んだ私は、抱えていたミニ向日葵とかすみ草の花束を供え、一人静かに手を合わせた。
「陽花、久しぶりだね。また、遊びにきたよ」
三池陽花、享年二十五歳。
墓石に刻まれた、もう年を重ねることがない大切な友の名を、そっと指先でなぞっていく。
周りには今も尚、色とりどりの花が手向けられ、生前のハルカの人柄を忍ばせている。
その中程にポツリと供えられているのは、赤いリンゴ飴。
大振りのリンゴ飴は、夕日の柔らかい光を受けて、深い赤に染まっていた。
「浩二が来たんだね……」
あの日。陽花の葬儀の後。伊藤君が予想した通り、ハルカの最後を見届け終わった浩二は、男泣きに泣いた。
私は、彼との約束通り、特大ハンカチの役割を果たし、浩二と一緒に、大泣きした。
そして、心の中で、密かに陽花に誓った。
いつか、いつかきっと。
必ず、伊藤君に、この胸の思いを届けようって――。
「ふふふ。でも、びっくりよねー。まさか、浩二がカメラマンになっちゃうなんて」
陽花の死で色々と考えるところがあったのか、葬儀から半年ほど経ったある日。「俺は、カメラマンになる」と言って、浩二は勤めていた会社を辞めて、黒谷隆生とかいう有名な写真家の先生に弟子入りしてしまった。
なんでも、半年の間通いに通い詰めて、根負けした先生が弟子入りを許してくれたのだとか。
まあまだ、カメラマンとは名ばかりの使いっ走りで、いつ会っても「金がねぇ~っ!」と、ぴーぴー言っているんだけど。
おばちゃんに、「これだから、お気楽な次男坊は!」と、ことあるごとにお小言を言われているみたいだけど、その瞳は、まるで少年のようにキラキラと輝いている。
そして、私はと言えば――。
「はいこれ。ハルカに、お土産だよ」
私は、小脇に抱えていた一冊の小冊誌を、そっと墓前に供えた。
ライトブルーの表紙には、淡い色彩で、青い水風船と赤いリンゴ飴が描かれている。
そして、そのタイトルは、『好きだと、言って。』
私も浩二と同じで、陽花の死をうけて、学生の時に諦めてしまった作家への道に、もう一度挑戦し始めた。
OLをしながら、文芸のコンテストに応募を繰り返す傍ら、ネット小説やブログ小説などにも手を広げ、紆余曲折しながらも、縁あってある小説サイトで主催されていたコンテストで賞を頂いた。
少ない部数ながら書籍化されると言う、幸運なおまけ付きだ。
内容は、『病気がちで、小柄な体にコンプレックスを持っていた主人公の女の子が、高校でサッカー部の男の子と恋に落ちる、コメディ・タッチのラブストーリー』
もちろん。主人公のモデルは、陽花。
ちなみに、相手役の男の子は、『お人好しで涙もろい、八方美人が玉にキズの、サッカー馬鹿』。
言わずもがなの、浩二がモデルだ。
浩二にもこの本を送りつけてやったから、きっと今頃は、二十八歳にもなるいい年の大人の男が、女子中高生が読むラブコメを読んで……。
泣いているかもしれない。
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