上 下
49 / 52
第十四話 【約束】夏の終わりに。

49

しおりを挟む

 お焼香をすませ、すぐに帰らなければいけない伊藤君を、私と浩二は火葬場の玄関ポーチまで見送りにでた。
「忙しいのに、今日はすまなかったな、伊藤」

 申し訳なさそうに言う浩二に、伊藤君は、柔らかい笑みを向ける。

「日本に戻ったら、改めて墓前にお参りさせて貰うよ。その時は、一緒に酒でも呑もうや浩二。佐々木――、亜弓ちゃんも一緒に」

 佐々木が二人いるからか、伊藤くんは、私を『亜弓ちゃん』と呼んだ。

 なんだか、こそばゆいような恥ずかしいような妙な感覚に捕らわれて、私はちょっと焦りながらコクンと頷いた。

「うん、そうだね。呑もう、呑もう!」
「ああ。俺も、楽しみにしているよ」

 浩二もそう言って、笑顔にはほど遠いものの、微かに口の端を上げる。

 私は、一つ大きく息を吐き出し、背筋をしゃんと伸ばして、伊藤君の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「伊藤君」
「うん?」
「サッカー、頑張ってね。いつだって、一番に応援してるからねっ!」

 これが、今の私のせいいっぱい。

 友達として、親友の従姉として、サッカーという夢に挑戦し続けている伊藤君に送ることの出来る、せいいっぱいの言葉。

「ああ。ありがとう。頑張るよ」

 秋めいた柔らかい日差しの下。

 伊藤君の四輪駆動車が遠ざかるのを目で追いながら、浩二が静かに口を開いた。

「いいのか?」
「うん?」
「伊藤に、お前の気持ちを伝えなくても、いいのか?」

 ――私の気持ち。

 あなたが好きだって。
 誰よりも、あなたが大好きだって。

 ずっと、心の一番奥深いところで、息づいていた思い。

 伝えたい――。

 だけど。

「……うん。いいの」

 だって。
 今の私じゃダメだから。

 伊藤君のように、夢を叶えるために努力しているわけでも、陽花のように、ひたむきに自分の生と向き合っているわけでもない。

 ただ漫然と、なんとなく毎日を、流されるままに過ごしてきた。

 そればかりか、自分の心を偽り優しい人を欺き続けて、最後には手酷く傷つけてしまった、そんな人間だ。
 だから――。

「今の私じゃ、胸を張って伊藤君に好きだなんて言えないから。今は、言わない」
「……そうか」

 私の気持ちを理解してくれたのか、否か。

 浩二はそれ以上は何も言わずに、上着の胸の内ポケットから何か白い紙を取り出し、私に差し出した。

「はいよ」
「え?」

 それは、小さな向日葵のイラストが描かれた、白い封筒だった。

 封筒の真ん中に書かれている、見覚えのある女の子らしい繊細な文字列が目に入った瞬間。私は、思わず、息をのんだ。

『あーちゃんへ』

 そこには、陽花の筆跡で、そう書かれていた。


しおりを挟む
★浩二視点の物語も同時連載中です。
よかったら、ご賞味くださいませ。^^
『ひまわり~この夏、君がくれたもの~』

【オリジナル小説検索サイト・恋愛遊牧民R+】
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。

青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。 大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。 私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。 私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。 忘れたままなんて、怖いから。 それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。 第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

処理中です...