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第十四話 【約束】夏の終わりに。
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しおりを挟むそう、私は大丈夫。
大丈夫じゃないのは、浩二の方だ。浩二が、涙を見せない――。
あの日、私が、リンゴジュースを買って病室に戻ったとき。
もう既に息を引き取った陽花を、まるで、壊れ物を扱うみたいに大切そうにその腕に抱き、全身で、慟哭しているのが分かるのに、それでも、浩二は、涙を見せなかった――。
医師の正式な死亡診断が下り、駆けつけたご両親が泣き崩れるその傍らで、涙を見せずただ静かに佇んでいた浩二。
こんなときは、泣いたっていいのに。
婚約者の浩二が泣いたって、誰もとがめたりしないのに。
「そうか、浩二が……」
ぽつりと落とされた伊藤君の呟きに、私は静かに頷いた。
「なんだか、心配でね。もともと涙もろいヤツなのに、涙一つ見せないなんて、そうとう無理しているんだろうなぁって。でも、私には、どうしてあげることも出来ないし……」
私は、何もしてあげられない。三ヶ月年上の従姉だといつも威張っているのに、肝心なときに、何もしてあげられない。
私に出来るのは、浩二の代わりに泣くことくらいだ。
陽花が火葬炉に入れられる直前の、『最後のお別れ』のとき。
棺桶の中で、みんなに手向けられた花々に守られるように、白無垢の花嫁衣装を身に纏い、死に化粧を施された陽花は、本当に綺麗で。
今にも、『あーちゃん』って、いつもの笑顔を見せてくれるようなそんな気がして、私は、込み上げてくる熱いものを押さえきれず、とうとう、泣き出してしまった。
浩二が泣かないのに、泣いたらいけない。
そう思えば思うほど、涙は止めどなく溢れ出した。
「大丈夫」
また涙の余韻が冷めやらず、再び熱いものが込み上げてきてしまった私は、優しく響く伊藤君の声に、ハッとして顔を上げた。
「え?」
「浩二は、大丈夫だ。アイツは、そんなに弱い人間じゃない。きっと、三池を最後まできちんと見送ってやりたいと、それが最後に自分ができることだと、そう思っているんだろう」
「最後に、自分ができること……」
「アイツなら、大丈夫。でも――」
「でも?」
「おそらく、全てが終わったら大泣きするだろうから、そのときは佐々木、君が側にいてやってくれ。俺には、それが出来ないから……」
伊藤君の、少し鋭い感じのする切れ長の目が、ちょっと寂しそうに細められる。
そうだった。
伊藤君は、浩二の一番の親友。私が知らない浩二を、伊藤君は知っている。
浩二のことを、たぶん私以上に、一番良く理解してくれている人だ。
そうだね。
今は、陽花をきちんと見送ってあげなくちゃ。
私にとってもそれが、最後に、陽花にしてあげられること。
「うん。まかせておいて。浩二が大泣きしたときの特大ハンカチの役割、しかと、この佐々木亜弓が承りました!」
おどけてガッツポーズを作る私に、伊藤君はあの少年のような笑顔を返してくれた。
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