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第十二話 【沈黙】愛は盲目。

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「いいかアークス、空間が異常だということは、その周辺で、突然見知らぬ空間へと迷い込んでしまうかもしれないということだ」
 アークスに地図を渡し終わった魔女が人差し指をピンと上に立てて言う。
「見知らぬ空間……」

「ああ。地図と違う所に出たとか、見知らぬ所へ迷い込んだとか、考えられる事は様々だが、一言で言うとそんなところだ。それが新世界かどうかは分からない。が、何かあるのは間違いない。決定的なのは『日常的にそこを通る人が、いつしか同じところを通ると必ず道に迷うようになったので、仕方が無く遠回りすることにした』という情報だ。これは、どこか見知らぬ空間へ辿り着くための通路が、どこか一定の場所にあることを示している。固定されてるってことだ」

「迷った人と同じところを探すってことですか」
「そうだ。だが、二点ほど注意してほしい。一つは、あちら側への通路の出口が、こちら側への入り口となっているとは限らないってことだ」
「……」
 ミーナが難しい顔をして無言になっている。

「えと、つまり、あのドアを使って、隣の部屋に入るだろ?」
 ミーナが説明に付いてこれていない事を見かねたアークスは、魔女の解説を補足しようと試みた。
「うんうん」
「同じドアを使って、またこの部屋に戻ろうとしても、違う所へ出てしまうかもしれないってことだよ」
「うんうん……うん?」
「ここへ戻る扉がある可能性すら無いってことだが……どちらにせよ、ミーナは分かってなさそうだな」
「んー……」
「まあ、空間というのはイメージしにくいからな。今は説明する時間は無いので、これを貸してやる」
 魔女が、分厚い本の一つを取って、ミーナの前へとスライドさせた。
「む……座学ぴょんか。しかも厚い……」
「空間関係の事は面倒だし、魔法とは直接関係無いからな。私が直接教えることもあるまい」
「師匠、魔法関係もこんな感じな気がするぴょんが……」
「ははは、それは気のせいだろう。さて、そういうことなので、帰りの事はよく考えておけよアークス。それから、もしかすると、通路は移動しているか、既に無い可能性も、少しだがあるから、それも気を付けてな」
「え、無いんですか……?」
「可能性は低いよ。ただ、騎士殿が使っている『新世界』というイメージで思い浮かべてほしい。つまり、通路は別の空間に繋がっているということだ。別の空間に繋がる通路というものは、不安定なものなんだよ。しかし、今回の場合は、通路の入り口が同じところにあるようだから再現性が高い。もう不安定さは無くなって、すっかり固定されてしまっている可能性が高いということだ。しかし、もしかすると、それも一時的なものだったかもしれない。少なくとも、日常的にそこを利用していた人は、もう回り道をしているので、大概は、そこを通っていないだろうからな」
「なるほど……確かに注意が必要ですね」

「注意ついでに言えば、サウスゴールドラッシュは、あくまで目安だからな。空間がおかしくなってるんだ、その周辺全体に影響が及んでいると考えていい」
「周辺全体にですか……」
「空間の乱れの中心がサウスゴールドラッシュとは限らないからな。そのための地図だ」
「この周辺から探せばいいってことですか……」
「ああ。だが、その地図は完全には信じるなよ、信頼性が低い。もうその地図は、百パーセント信頼できるものじゃなくなっているんだ。目安としては使えるがな。空間が不安定になっているんだから、常にその周辺の空間は書き換わっている」
「そっか……」
「逆に言えば、その地図と違う所が、時空の歪み。騎士殿の言う新世界ということになる。つまり、今回の目的地だ」
「そこが目的地ですか……周辺で聞き込みすれば、何か分かるかな」

「おお……そうだった。もう一つあるぞ、これが偶然じゃなく、時空の歪みだって証拠が」
「え……まだあるんですか……」
「今まででも十分だと思っているな? 私も思っている。が、付近の集落の奴らと話すことも考えると、これだけ耳に入れておいた方がいいと思ってな」
「何か、住民にあったんですか? 空間が歪んだ影響とか……健康被害だったら、騎士団の医師も出せると思いますけど」
「いや……それほどの事でもないと思う。住民達が妙な症状を訴えていることも確かなんだがな」
「症状? 詳しく聞かせてください」
 流行り病の類ならば、一刻も早く対処しないといけないが、医者がいる。僕とミーナだけではどうにもできないので、城に応援を頼む必要があるだろう。恐ろしい流行り病ならば、場合によってはホーレ事件よりも優先すべき問題だ。アークスは気を引き締めた。
「いや……そんな大層な物じゃないと思う。どうも住人たちはな、妙な夢を見るそうだ」
「夢……」
 夢に関する事。アークスの頭に解呪師かもしれないという考えがよぎったが、この状況だと原因は違いそうだ。
「ああ。ふと気付いたら、見知らぬ所を彷徨っていたという夢だ。その夢は、必ず知っている場所に戻ってきたという結末で終わりを遂げている。同じような夢を見た、十数人の人、全員がな」
「ええっ!? そんなこと、普通、ありえるぴょん?」
「あり得ないよ、普通。多分、別の空間へ迷い込んだんだ」
「ああ、私もアークスと同意見だ。私も最初に聞いた時には何事かと思ったが、時が経つごとに、リーゼや新種の生物のことが出てきたのでな。時期も一致するし、夢ではなく、現実に別空間に迷い込んだんだろうろ結論付けた。だが、本人たちはそんな事は知らないだろう?」
「あまり、深く聞いてはいけないってことですか……」
「そうだ。あっちの人達も戸惑っているからな。なにせ、原因不明の出来事が立て続けに起きているんだ。ホーレ事件も含めてな。ナイーブにならない方がおかしいさ」
「確かに……」
「住民たちにとっては夢なんだよ。不可解なな。その考えをかき乱すようなことを言ったら、顰蹙を買うぞ」
「ええ……それ、集団ヒステリックじゃないかぴょん? 集落単位の」
「そういうことだ。実際、集落全体が集団ヒステリックに陥ってしまった例は、ごくごく僅かだが過去にもある。現実には無い、しかし、みんなに共通する夢に出てくる場所は何なのか……不安なんだよ、みんな」
「次に考えることは、呪いとか魔法……」
「そうだ。呪いや魔法による意図的な夢だというのなら、納得できる理由だろう? 不安だからこそ、無理矢理に理由を作って、少しでも安心したがる。それが普通の人の心理だよ」
「そう……なんですか……」
「イメージは沸かないだろうな、こればっかりは、自分がなってみないと実感しにくい」
「そうですね……そういうものかもしれませんね」
 アークスは考え込んだ。騎士団はホーレ事件に全体の八割、もしかすると九割かもしれないが、人員を割いている。確かにホーレ事件も重要な事件だ。このままでは、次にどの集落が全滅させられるか分からない。しかし、この事件を軽視していいのだろうか。今のところは派手な被害はでていないが、空間が歪んでいるのならば、近いうちに大きな被害が起きるかもしれない。付近のみんなも不安に思っている。
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