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第十二話 【沈黙】愛は盲目。
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しおりを挟むまずは、会社の方に電話をして。
たぶん、部外者には、直接の連絡先は教えてくれないだろうから、直也と手分けして……。
頭の中で、伊藤君への連絡手順をシミュレーションしつつ、電話をかけられる病院の外に向かうべく、私は直也と二人でその場を離れようとした。
でも。数歩進んだとき、背後で響いたドアの開く音に、私はドキリと動きを止めた。
一秒。
二秒。
息詰まるような、数秒間の後、背中越しに聞こえてきたのは、おそらくは看護師さんだろう年輩の女性の声。
「三池陽花さんのご家族の方、どうぞお入り下さい」
感情を排した事務的なその声からは、その言葉が何を意味しているのか推し量れない。
息を呑み。静かに、イスから立ち上がる人の気配。そして、その気配は、部屋の中へと消えていく。
陽花……。
陽花は……?
ドキドキと早まる鼓動。
私は、動くことも振り返ることもできず、その場で立ちすくんだ。
確かめるのが怖い。
もしも、もしも――と、最悪の状況が浮かんでは消える。
不意に、フワリと、大きな手が私の頭を優しく撫でた。視線を上げると、そこにはメガネ越しの直也の穏やかな瞳。
「あの、ハルカさんの容体は?」
私たちの横を通り過ぎようとしていた看護師さんに、直也が声をかける。根性無しに、私が聞けないでいたことを、直也が変わりに聞いてくれた。
『容体は、安定されましたよ』
看護師さんの、その言葉が耳に届いたとたん、私は、その場にへなへなーっと、座り込んでしまった。もう、腰砕け状態で、立ち上がれない。
「よか……った」
怖かった。
もの凄く、怖かった。
このまま、もしも陽花に万が一のことがあったらって、本当に怖かった。
「よかったな」
座り込んだままの私の目線にあわせて、かがみ込んだ直也が、優しい笑顔を向けてくれる。
私は、胸がいっぱいで、ただただ、何度も頷いた。
ハルカの容態が安定したと聞いて、思わず腰砕け状態になったあと、幾分落ち着きを取り戻した私は、ふと『浩二はどうしたろう?』と廊下にいるはずの浩二を捜して視線を巡らせた。
でも、そこには誰もいない。今まで、陽花のご両親が座っていた長イスが、ポツンと残されているだけ。
あれだけ陽花を心配していたんだから、容態が安定しましたと聞いて、『はいそうですか』と、すぐに帰るとも思えない。
「あれ……、浩二?」
「彼なら、陽花さんのご両親と一緒に、部屋の中に入って行ったけど?」
「はあっ?」
その状況を見ていたらしい直也に教えられて、私は思わず点目になった。
な、なんで?
確か、看護師さんは『ご家族の方はお入り下さい』って言ってたよね?
なんで、浩二が当たり前のように、部屋に入って行くわけ?
いくら面の皮が厚い浩二だって、この状況で部屋に入るか?
っていうか、どうして誰も、それをとがめないの?
脳内を、クエスチョン・マークが団体で駆け抜ける。
本当に、浩二が集中治療室の中にいるのか確かめたいけど、家族じゃない私は入ることができない。ドアの前を、気を揉みながらウロウロしていると、当の本人、浩二が部屋からひょっこり顔を覗かせた。
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