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第十二話 【沈黙】愛は盲目。
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しおりを挟む病院に着いたのは、午前十時を少し回った頃。私と直也は、受付で教えて貰った二階にある『集中治療室』に向かった。そこで、ハルカは治療を受けているという。
気ばかりが急いて体が付いていかず、足がもつれて転びそうになってしまう。そんな私を、直也が傍らで支えてくれる。
一人じゃなくて、良かった。私一人だったら、無事病院に辿り着けるかも、怪しいところだ。
ドキドキと、大きくなるばかりの不安を胸に、一歩一歩足を進める。
集中治療室のドアの前。
壁際に置かれた長イスには、おそらくはハルカのご両親だろう、中年の男女が肩を寄せ合うように座っていた。
そして。
傍らには、ドアをじっと睨み付けるように佇む浩二がいた。
その横顔には、明らかに疲れの色が見て取れる。
それどころか、この一週間で、またやつれたように感じた。
――ダイエットなんて、嘘ばっかり言って。本当、バカなんだから……。
もう、ケンカしていたことなんか、どうでもいい。
少なくとも、浩二は本気だ。本気で、陽花を思っている。
今の浩二の姿を見て、それがよく分かった。なら、私がとやかく言うことは何もない。
「浩二っ!」
「亜弓……」
名を呼び走り寄ると、浩二は微かに口の端を上げた。
愛想の良いのだけが取り柄みたいなヤツなのに、その表情はおよそ笑顔にはほど遠い。
「浩二、陽花は? 陽花は大丈夫なの!?」
思わず声を荒げる私に、「まだ分からないんだ」と、浩二は力無く頭を振った。
陽花は、まだ危篤状態のまま――。
最悪の事態じゃないことに対する、ほんの少しの安堵感と、まだ、最悪の事態に至る危険をはらんだままの状態だと言うことに対する、大きな危機感。相反するを感情に囚われながら、私はイスに座るお二人に、深く頭を下げた。
「佐々木君、こちらの方達は?」
女性の方が、心持ち小首を傾げて、浩二に問うた。
――声と、どこか少女めいた仕草が、陽花によく似ている。
陽花の、色素の薄い髪と瞳の色。そして肌の色の白さは、きっとお母さんからの受け継いだものなのだろう。
「あ、はい。陽花さんとは高校の友人で、俺の従姉の佐々木亜弓と……」
女性の問いに、浩二は私を紹介した後、私の傍らに立つ直也に視線を移して言い淀んだ。浩二と直也は面識がないから、無理もない。
「篠原直也です。電話を頂いたとき、たまたま亜弓さんと一緒にいたので、同行させて頂きました」
雰囲気を察し、簡単な自己紹介をする直也に、浩二が胡散臭そうな目を向けるのを見て、思わずじろりと睨み返してしまった。
いけない。
今、ケンカなんてしてる場合じゃない。
「そう。あなたが、亜弓さん……」
その女性、陽花のお母さんは、陽花によく似た大きなライト・ブラウンの瞳を細めて、遠い日の出来事に思いを馳せるような、どこか懐かしげな眼差しを私に向けた。
「なんだか、初めて会った気がしないわね……」
そう言って、微かに口元をほころばす。
「あの子が高校に入学したばかりのころ、『素敵なお友達ができたのよ』って、毎日のように、あなたの話を聞かされていたから……。あなたが来てくれて、陽花もきっと喜んでいるわね」
おばさんの瞳の中に、揺らぐ感情の波。
どれほど心配されているか。他人の私だって、どうにかなってしまいそうなのに。
私は鼻の奥にツンと込み上げるものを押しとどめながら、もう一度、深く頭を下げた。
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