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第十一話 【凶報】どうか神様。
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しおりを挟む『陽花が危篤だ』
浩二の震える声が、凶報を告げた。
頭の中が真っ白になった私は、すぐには反応できなかった。
そんなの信じられるわけがない。
だって、陽花と電話で話をしたのは、つい一昨日のことなんだから。
その時の陽花から、変わった様子は全く感じられなかった。いつもの、明るいハルカだった。なのに。
こんなに急に、危篤だなんて、信じられるわけがない。
『あーちゃん』
私を呼ぶ、少し舌っ足らずでハイトーンの澄んだ声。
少女のような、可愛らしい笑顔。
――陽花。
陽花カが、死んでしまう?
この世界の、どこからも消えてしまう?
居なくなってしまう?
『二度と、会えなくなる』
わきあがる恐怖で、何をどうして良いのかわからない。
「ど……しよ……う」
全身に震えが走って、私は、もう切れている携帯電話を両手でギュッと握りしめて身を縮めた。その両手さえ、ブルブル震えてしまいままならない。
震えを止めようと、両腕で自分を掻き抱いた。それでも。震えは止まらない。
私の異変に気付いた直也は、事の成り行きを聞くと、すぐにハルカが入院している中央病院に向かってくれた。
渋滞を避けて、一般道の裏道を通っておよそ一時間の道のり。まるで押しつぶされそうに恐ろしく長く感じる時間の重みに、私は車の助手席で必死に耐えていた。
怖くて、こっちから病院へは確認が入れられない。
浩二から連絡がないことが、『最悪の事態に至ってないことの証明』
そう自分に言い聞かせ、助手席でただ自分を掻き抱くことしかできない。
「……ごめんね。せっかく、ご両親が呼んで下さったのに……」
おそらく、私のために、心づくしの持てなしを用意してくれているはず。それを、無駄にしてしまった。
「そんなことは、気にするな。それに、こういう緊急時の対処法は教えてあるだろう、佐々木さん?」
私の気持ちを引き立たせようとしてくれるように、直也が、聞き覚えのあるビジネス口調で言う。
不器用で。
一度に二つ以上のことを頼まれると、あたふた慌ててしまってまともに仕事がこなせない新人OLだったころ。直也は良くこういう口調で、厳しいけれど、的確な指示を出してくれた。
――緊急時の対処法。
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七歳年上の『篠原先輩』がそう言って教えてくれたこと。
「……優先順位を考える?」
「そう、正解」
前方に視線を固定して、ハンドルを操る直也の横顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
『今、一番大切なこと、一番にしなければいけないことを考えるんだ』
そうだった。
それが、一番最初に、私が篠原直也から教わったこと。
ふうっと一つ大きく息を吐き出し、目を瞑る。
浮かぶのは、陽花の笑顔。
そうだね。
今の私にとって、一番に考えなきゃいけないのは、陽花のこと。
――どうか。
どうか、陽花が無事でありますように。
神様でも、誰でも良いから。
お願いだから。
私の大切な友達を、助けて下さい――。
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