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第十一話 【凶報】どうか神様。
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しおりを挟む朝一番でアパートを出た私は、直也の運転する車で、ご両親の待つ彼の実家へと向かっていた。
ちょうどお盆時期と重なり、高速道路は、超・低速道路と化している。トロトロと、亀並速度で進む車の助手席の窓から、私は動かない景色を見るともなしに見ていた。
「亜弓?」
「うん?」
「何か、あったのか?」
「……え?」
ボンヤリと、なんとなく反射的に返事をしていた私は、直也のその言葉で現実に引き戻された。
運転席に視線を巡らせると、直也の心配そうな瞳と視線がかち合った。メガネの奥の瞳は、相変わらず、穏やかな色をたたえている。
「なんだか、元気がないみたいだから、何かあったのかと思って」
直也は、鋭い。そして、私は、我ながら鈍亀だ。
決意したのに。決意したと思っていたのに。この期に及んで迷っているなんて。
「何にもないよ? 朝早かったし、渋滞だし、なんだか眠くなっちゃった」
そう、この期に及んでだ。
今更、後には引けない。
私は決めたんだから。
直也と、結婚するって、そう決めたんだから。
『眠っていていいよ』と言う直也の言葉に甘えて、私は助手席のシートを倒して眠ることにした。
実を言えば、昨日は一睡もしていない。
目の下にクマが出来ているわけじゃないけど、たぶん疲れた顔をしていたんだろう。直也に、心配をさせてしまった。
こんなことじゃだめだ。
少しでも寝ておいて、元気な姿でご両親に会わなくちゃ。
でも、そう思えば思うほど眠れなくなるのが世の常で。案の定。神経ばかりがさえ渡り、ぜんぜん眠くなってくれない。
これじゃ、あの時の、熱射病で倒れた時の二の舞になる。そこまで考えを巡らせて、『しまった』と思った。
思い出すまいと心の奥に封印したあの日の出来事が、せきを切ったように私の脳裏に浮かんでは消える。
ダメだ。
思ったらダメ。
あれは、夢なんだから。
もう、覚めてしまった、夢なんだから。
必死にそう自分に言い聞かせていたその時。
プルルル――と、私の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
プルルルル――。
プルルルル――。
鳴り響く着信音に、私は意味もなく胸騒ぎを覚えた。
お盆の、それもこんな早朝に、電話を掛けてくる人間なんて――。
「亜弓、起きているんだろう? 電話が鳴ってる」
「うん……」
もぞもぞと、足下に置いてあるショルダーバックをまさぐり、携帯電話を取り出し着信窓に視線を走らせる。
『佐々木浩二』
その名前を見た瞬間、思わずブチリと切ってしまった。
「どうした?」
「うん、ただの間違い電……」
そこまで言ったところで、また着信音が鳴り出した。
着信窓には、『佐々木浩二』の文字。
何の用よ。
私は、当分アンタとは口をききたくないんだからっ!
もう一度、ブチン! と力を込めて切ってやる。
でも――。
すぐさま再び、着信音は鳴り出した。
な……によ?
いったい、なんだって言うの?
プルルル――。
プルルル――。
尚も鳴り続ける着信音に、ドキドキと鼓動が早まっていく。
次第に大きくなる胸騒ぎに、私は動くことも出来ず、ただ、うるさいくらいに鳴り響く着信音を聞いていた。
「亜弓……、出た方がいい。その鳴らしかたは尋常じゃない」
直也の声に、ビクリと肩が震える。
「亜弓?」
「うん……」
再び直也に促され、嫌な予感に怯えながら、恐る恐る携帯電話を耳にあてた。でも。
「……もしもし?」
「もしもし? 浩二なんでしょ?」
「……亜弓」
聞こえてきたのは、今までに耳にしたことがないような、力のない浩二の声。
浩二にこんな声を出させる事態に思いを馳せて、背筋を冷たいものが走り抜ける。
「浩二……? どうしたの、浩二?」
我知らず、声が震えた。
「陽花が……」
まるで、無理にしぼり出すような浩二のその言葉尻に、微かな震えを感じて、私は思わず息を呑んだ。
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