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第九話 【帰宅】帰るべき場所へ。
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しおりを挟む浩二。
浩二は、間違ってるよ。
伊藤君を思うような、激しい気持ちじゃないけど。
私は、直也が好き。
こんなにも、好きなんだから。
「亜弓?」
まっすぐ直也の腕の中に飛び込んで、ぎゅっと背中に両手を回せば、フワリと心地よく鼻腔に届く、慣れ親しんだ直也の匂い。柔軟剤の爽やかな香りと、微かなタバコの匂い。
「どうした? 病気の友達、あまり良くないのか?」
直也は、そう言って、私の頭を労るようにポンポンと撫でる。
いつもは、子供扱いしないでよ! って嫌がるけど、なぜか今日はその仕草が妙に嬉しくて。その手の温もりが、愛しくて。
「ううん。大丈夫。けっこう元気にしてたよ」
「そうか。それならいいが……」
心配そうな瞳に見つめられて、心の奥にズキンと走る罪悪感。
例え、この罪悪感が消える日が来なくても。それでも。
この人となら、歩いて行けるはず。
「ねえ、これなあに?」
ツンと、腕に下げているコンビニの袋を指さすと、直也は何かを思いだしたように、ハッとした顔をした。
「アイス……」
しまった! というように、呆然とつぶやきを落とす直也に、私は小首をかしげる。
「え?」
「ほら、この間、亜弓が食べたいって言ってた、いつも売り切れの期間限定、メロン・シャーベット。タバコを買いにコンビニによったら、たまたま残ってたんだ。で、買ってきたんだ……」
がさごそと、直也がビニール袋から取り出したアイスのカップ。一振りすると、およそアイスが入っているとは思えない『ちゃぷん!』というコミカルな音が聞こえてきた。
「すっかり、溶けてしまったな……」
ちょっと残念そうに、浮かぶ苦笑。
――この人は、いったいどれくらいの時間、私を待っていてくれたんだろう。
「直也、これ、もう一度冷凍庫に入れたら、食べられるかな?」
アイスのカップをチャプチャプ振る私に、直也は微かに眉根を寄せた。
これは、アイスが食べられるかどうか真剣に悩んでいる顔。
私は、クスクス笑いが止まらない。
「う~ん。食べられはするだろうけど……味は保証できないな」
「ふふふ。もったいないから、やってみよう~っと。なんて言っても、期間限定レア商品。食べなきゃ、もったいないオバケがでてきちゃう」
「……頼むから、腹、壊さないでくれよ」
「平気平気。胃腸だけは、丈夫だから私!」
えっへん! 胸を張れば、直也は心配げに眉尻を下げた。
こんなふうに、二人ならんで手を繋ぎ。
他愛ない会話に安らぎを感じて。
一緒に、歩いて行けるはずだって、そう、私は心から、本気で信じていた――。
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