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第七話 【逢瀬】残酷な夢でも。

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 せっかく海に来たんだから、やっぱり食事は『海の家』よね!

 と、探してみたものの、ちょうどお昼時でどこも満員御礼。

『二時間待ち』とかいう、とんでもない事態になっていた。

 で、結局。屋台で買ってきた、焼きそばとホットドックと焼きトウモロコシが、本日のお昼のメニューになった。

「本当に、昼飯、これでいいのか? 探せば、近くにファミレスぐらいありそうだが……」

 気を遣ってくれる伊藤君に、私はブンブン頭を振った。

「いい、いい。ぜんぜんオッケーよ。私、こういうの大好きなんだ。それに、こうして風に吹かれて食べるのも、気持ちいいし」

 伊藤君と二人。浜辺に座って、ピクニック気分で焼きトウモロコシを囓った。焼いたトウモロコシ本来の甘みを、醤油ダレが絶妙に引き出している。

 うん、美味しい!

 空は青いし、海は広いし、風は心地よいし、焼きトウモロコシは絶品。

 隣には、伊藤君。

 これ以上のご馳走なんて、きっと、どこを探しても見つからないよ。

「あ、でも、伊藤君は、こんなんじゃまずかった?」

 ホットドックを、モヒモヒ囓りながら質問したら、伊藤君はトウモロコシを豪快に囓りながら、不思議そうに目を瞬かせた。

「なんで? 俺も、こういうのけっこう好きだけど?」
「だって、プロのスポーツマンって、栄養管理も大変なんでしょ? こんなジャンク・フードでお昼をすませちゃったら、叱られない?」

「ああ。まあ、それなりにな。でも、大丈夫。叱られないよ」

 私の『叱られない?』の言い回しが笑いのツボに入ったのか、伊藤君はおかしそうにクスクスと笑い出した。それと連動して普段はつり加減の目尻が、キュッと下がる。そのとたん。鋭い感じが払拭されて、少年めいた表情がその顔に浮かんだ。

 ――ああ、この笑顔。
 やんちゃ盛りの少年のような、屈託のないこの笑顔が、いっとう好きだった。

 今も変わらない笑顔に、胸の奥が熱くなる。

 ついでに、目頭も熱くなる。

 ヤバっ……。
 ここで泣いてみろ。それこそ、挙動不審だ。

「でも、良かった」
「え?」
「元気になったみたいで、良かったよ」
「元気にって……?」

 伊藤君の言っていることの意味がよく分からずに、私は眉を寄せた。

 私、元気がなかった――ところなんて伊藤君に見られたことないよね?

 元気がないのを知っているのは――。

「浩二がさ、大分心配してたんだ。ものずごく、落ち込んでいるみたいだってね」

 え……、浩二?

 浩二だぁっ!?

「……伊藤君」

 アイツのへらへら顔が脳裏を過ぎり、思わず声がワントーン低くなった。

「もしかして、私を誘うように、浩二に頼まれたりした?」

「ああ。気晴らしでもさせてくれないかって。俺も、練習がオフだったし、ちょうどよかったよ」

 そう。
 そういうことか。

「……ごめん。ちょっと、トイレに行ってくるね」

 私は、ハンドバックをむんずと掴んで、ツカツカと公衆トイレに向かった。

 もちろん。

 トイレに入るためじゃない。

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★浩二視点の物語も同時連載中です。
よかったら、ご賞味くださいませ。^^
『ひまわり~この夏、君がくれたもの~』

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