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第七話 【逢瀬】残酷な夢でも。

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 ――もしかして、私は、まだ眠っていて、夢を見ているのかもしれない。

 そうに違いない。
 じゃなきゃ、こんな状況、ありえないっ!

 あれよあれよと言う間に、話は進み。なぜか至極上機嫌の母に玄関から送り出された私は、なんと、伊藤君の車の助手席に鎮座していた。

 飾り気のない、でも、清潔な車内には微かな柑橘系の香りが広がり、鼻腔を優しくくすぐる。

『ああ、良い香り』、なんて感じる余裕のない私は、金縛り状態で体をこわばらせたまま、ただ助手席にポツネンと収まっていた。

 なに、何なの、この状態?

「じゃあ、どこに行こうか? 佐々木が行きたい所があれば、言ってくれ」

 運転席の高い位置から降ってくるテノールに、思わず背筋がゾクゾクしてしまう。

 鼓動はやたら早いし、手にはじんわりと汗がしみ出してくる。きっと、顔なんか真っ赤になっているはず。

 まともに顔を上げられない私は、膝の上でギュッと握りしめた自分の白くなった指先を見つめた。

 これはやっぱり、断るべきだったかも。

 仮にも、私にはプロポーズしてくれている彼氏がいるわけだし。伊藤君にも、陽花って言うれっきとした彼女がいる。どう考えても、私と伊藤君が二人だけで『お出かけ』して良い道理がない。

 断るべきよ。
 心のどこかで、『良い子の私』が、そう囁く。

 でも、それはあまりに小さな声で、すぐにかき消されてしまった。

「え……と、お任せします」
「そうか。じゃあ、適当にドライブでもするか」

 そう言って、伊藤君は慣れた動作で、四輪駆動車をスタートさせた。

 あまりに突然のことだったから、周りを見る余裕がなかったけど。今日は、昨日の雨が嘘のように、澄み渡るような青空が広がっている。

 遠くの空には、モクモクとした入道雲が、まるで子供の落書きみたいに積み重なっていて、目の前に広がる青々とした田んぼでは、爽やかな夏の風に吹かれた稲穂が、実の入り始めた頭をユラユラと揺らしていた。

「良いお天気……」

 体の力がスウッと抜けて、素直な感想が口を突いて出る。

「ああ、本当に良い天気だ」

 優しく響く声に胸がいっぱいになって、思わず目を伏せた。

 今日だけ。
 今日、一日だけなら。
 きっと、神様も、よそ見してくれるよね?

 それが、どんなに自分勝手で都合の良い考えか、分かっているけど――。

「伊藤君。もし良ければ……」
「うん?」
「海が、見てみたいかな?」
「海か。そうだな、今日は海に行くには良い陽気だな――」

 見上げた伊藤君の横顔に、私だけに向けられる笑みが浮かぶ。

 たぶん、これは、夢。

 目が覚めれば、朝になれば、消えてしまう、儚い夢――。

 それでも。

 今だけでもいいから、この残酷でも、幸せな夢の中にいたかった。

 
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『ひまわり~この夏、君がくれたもの~』

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