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第二話 【疑問】好きと愛しているの間には。
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しおりを挟む直也にプロポーズをされた週末が明けた、月曜のお昼時。私は、いつものように、賑やかな活気に溢れる社員食堂にいた。
「ええっ、プロポーズされたぁっ!?」
今日のメニューのハンバーグランチを粗方たいらげた後、いつもお昼を一緒に食べている同期で同僚の『礼子さん』、中野礼子さんに、その経緯をチラリと話したとたん、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
普段は落ち着いた物腰の礼子さんも、さすがに驚いたみたいだ。
同期入社といっても、彼女は三歳年上の二八歳。
姉御肌のさっぱりした気性もあって、兄弟がいない私にとっては、何でも話せるお姉ちゃん的な存在だ。
こうして、ランチが終わった後、礼子さんと他愛ない話に花を咲かせるのが、いつもの日課。しがないOLの、楽しい憩いのひとときなのだ。
「し、しいーっ。礼子さん、声が大っきいってば!」
「やったね亜弓! とうとう篠原さんを射止めたかーっ」
礼子さんは、ニヒヒと意味ありげな笑いを浮かべた。
「射止めたって、私はハンターか何かですか?」
「まあ、ある意味、女はハンターよ。一生がかかっている狩りだもの、自分を磨いて獲物を誘い出すのよ」
フフフと、実に色っぽい赤い唇が、艶やかな笑みを形作る。
そりゃあ、『礼子さんだけ』を、女と定義するなら、その説もごもっともだと思うけど。
礼子さんはその言葉通り、自分を一分の隙もない『完璧な大人の女』に磨き上げるのに努力を惜しまない女性だ。
スラリとしているのに出るところはちゃんと出ている、ダイナマイト・ボディ。緩やかなウェーブの掛かった、漆黒の長い髪。
その髪を、少し大振りの右耳に引っ掛けて。黒髪に映える白い耳朶には、肌の白さを引き立たせるような、真っ赤なルビーのピアスが、怪しい光を放っている。
卵形の顔の上にあるのは、まるで美の女神様に愛でられたように、絶妙に配置された顔のパーツ。
弓形に整えられた眉。
くっきりかっきりなアーモンド型の目は、これでもかってくらいに密集している長いマツゲに縁取られている。 すうっと通った鼻筋の下には、完璧に美しい赤い唇――。
対する、私はと言えば。
『スラリとしている』、なんて聞こえは良いけど、背高のっぽなだけで貧相なスタイル。
いったん寝癖が付くと、なかなか直ってくれない、頑固者のセミロングの髪。強いて言えば丸顔に近い顔の土台に乗っているのは、父譲りの少しタレ加減で奥二重の目。高くも低くもない、ごく普通の鼻梁。
一歩間違えば、『たらこ唇突入』の、少しぽってりした、唇。と、まあ、自分で分析してみても、良く見積もって十人並みの容姿でしかない。
その私からすれば、礼子さんは、まるで『ビーナス様』のように思える。
正に、愛と美の女神。
その上。仕事もバリバリこなすし、性格もさっぱりしていて嫌みがない。
やることなすこと平均ラインギリギリの私には、お手本のようなスーパーOL。私の、密かな憧れ、理想形だ。
「で、なんて返事したの?」
「え、あ、うん……」
「何よ、その煮え切らない返事は。まさか篠原さんに、そんな反応見せたんじゃないでしょうね?」
礼子さんは綺麗に整えられた柳眉を、微かにしかめた。
「え、え~と、まあ、『ビックリした』的なことを言ったような……。ムニャムニャムニャ」
ううっ、鋭いなぁ。
バッチリ読まれている……。
私は引きつり笑いを浮かべて、すっかりぬるくなってしまった食後のアイス・コーヒーを、ごくごくと飲み干した。
「ねえ、亜弓?」
ジロリん。
と、長いマツゲに縁取られた、くっきり二重のアーモンド型の瞳に睨め付けられて、思わずギクリとしてしまう。
ちょっと、顔が怖いんですが礼子さん……。
美人から睨み付けられると、迫力がありすぎて怖い。思わずびびって、及び腰になってしまう。
「は、はい?」
「亜弓は、篠原さんのこと、好きだって言ってたわよね?」
「う、うん。言ったけど……?」
その言葉に、嘘はない。
あんないい人、二十五年という私の人生の中でも、滅多にいやしないって、そう思う。
「じゃあ、聞くけど、愛してる?」
「え……」
『愛してる?』
って、聞かれても、私に即答は出来ない。
だって。
愛って、何?
付き合っているから、愛してる?
恋人だから、愛してる?
分からない。
確かに、直也は初めての恋人だし、尊敬できるし、いい人だ。
好きだって確信はあるけど、だからと言ってそれが『愛している』ってことなのか、分からない。だって、他に比べようがないんだから。
私の中に、その明解な答えは、まだ形作られていない。
「私から見ても篠原さんは良い男で、しかも良い夫になる人間だと思うよ。まあ、後悔しないように頑張りなさい」
答えに詰まっていると、礼子さんは『はぁっ~』っと長いため息をついて、私の肩を労るようにポンポンと叩いた。
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