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第八章 覚 醒 《Awakening》
123 覚醒
しおりを挟む「――花――、優花っ!」
すうっと意識が覚醒してすぐ耳を叩いたのは、大音量の晃一郎の呼び声。ほとんど、抱えられるように晃一郎に預けていた体の隅々に、力が満ちてくる。
黒髪が、銀色へ、そして、純白へと変化をとげる。
「優……?」
その変化に気付いたのか、晃一郎は優花の体に回していた両腕を緩めて体を離した。
「大……丈夫」
まだ少し荒い息を整えるように大きく空気を吸い込み、優花は、両足に力を込めて地面を踏みしめる。
――うん。もう、大丈夫。
私は、自分の足で、立てる――。
「……平気。大丈夫だから」
尚も心配げに、体を支えるように添えられているその両腕をそっと押しやり、顔を上げ、真っ直ぐ晃一郎の瞳を見据えて、口の端を上げた。
「記憶も力も、完全に戻ったよ。あ、ついでに現状も把握済み」
一気に記憶と力を蘇らせると脳に負荷がかかり過ぎる。だから、晃一郎は、記憶を細切れに蘇らせるように、仕組んだ。
一時間目の現国と二時間目の体育、それに、三時間目の後の休み時間。あの『夢落ち』は、晃一郎の仕業。
そして、三時間目の音楽に向かう途中の『階段落ち』、あれは、おそらく――。
優花には、過去見の能力がある。だから、晃一郎がここに居る経緯を知っていても、訝しがられる心配はない。
少し驚いたように目を見張った後、晃一郎は苦笑を浮かべる。
「そうか、なら話が早い。正直時間がないんだ。人為的にパラレル・スリップができるようになりはしたが、まだ時間制限付きで、それを守らないとちょっとヤバい。それに、今回は正式に『ガーディアン』として派遣されたわけじゃないんだ」
「うん、分かってる」
『ガーディアン』は、『グリード』のような超能力者を有する犯罪組織に対抗するために作られた政府が黒幕の秘密組織。あくまでも、あのパラレルワールドを守るための組織に過ぎない。
いくらグリードの残党が犯罪目的でこの世界に紛れ込んだことが分かったとしても、わざわざ試作段階の時空間移動マシンを使って、多くのリスクを負ってまで、他の世界をご親切に助けに来る義務も責任もない。
今回の事は、晃一郎の個人的独断による非合法なもの。晃一郎は、優花のために、優花が住むこの世界のために、危険を冒して来てくれたのだ。
優花がこの世界に戻る時、まだ研究段階だったパラレル・ワールド間を行き来できる『時空間移動マシン』。その後、飛躍的に開発が進みはしたもののまだ完璧ではなく、移動できるのは同じ時間軸のみに限られる。
つまり、過去や未来には行けず移動できるのは現在のみ。更に、二十四時間で戻らないと、帰れなくなるらしい。
『らしい』と言うのは、ロボット実験ではその確率が高かったということ。人間で試みたのは、今、優花の目の前に立っている金髪の向こう見ずが第一号だから、どうなるかは未知数。
パラレル・ワールドと言うのは無数に存在していて、かつ座標も不安定なので、元に戻ったつもりが実は全く別の世界、という事態も起こり得るのだとか。
いくらグリードの残党がこの世界に紛れ込んだからと言って、良くも気前よく来られたものだと思う。
――まったく。
向こう見ずは、相変わらずなんだから。
感謝するよりもあきれ果てて、まじまじと顔を見上げていたら、何を思ったか、晃一郎はその場にひょいっと胡坐を組んで座り込んだ。
「まあ、とにかく突っ立ってないで、座れば?」
自分の隣を、『ここにおいで』とばかりにトントン叩く晃一郎に、優花は胡乱なまなざしを向ける。
相手は、セクハラ大魔王。近づき過ぎには、要注意。
自分にそう言い聞かせて、優花は晃一郎から少し離れて左隣に腰を下ろした。
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