上 下
123 / 132
第八章 覚 醒 《Awakening》

123 覚醒

しおりを挟む

「――花――、優花っ!」

 すうっと意識が覚醒してすぐ耳を叩いたのは、大音量の晃一郎の呼び声。ほとんど、抱えられるように晃一郎に預けていた体の隅々に、力が満ちてくる。

 黒髪が、銀色へ、そして、純白へと変化をとげる。

「優……?」

 その変化に気付いたのか、晃一郎は優花の体に回していた両腕を緩めて体を離した。

「大……丈夫」

 まだ少し荒い息を整えるように大きく空気を吸い込み、優花は、両足に力を込めて地面を踏みしめる。

――うん。もう、大丈夫。

 私は、自分の足で、立てる――。

「……平気。大丈夫だから」

 尚も心配げに、体を支えるように添えられているその両腕をそっと押しやり、顔を上げ、真っ直ぐ晃一郎の瞳を見据えて、口の端を上げた。

「記憶も力も、完全に戻ったよ。あ、ついでに現状も把握済み」

 一気に記憶と力を蘇らせると脳に負荷がかかり過ぎる。だから、晃一郎は、記憶を細切れに蘇らせるように、仕組んだ。

 一時間目の現国と二時間目の体育、それに、三時間目の後の休み時間。あの『夢落ち』は、晃一郎の仕業。

 そして、三時間目の音楽に向かう途中の『階段落ち』、あれは、おそらく――。

 優花には、過去見の能力がある。だから、晃一郎がここに居る経緯を知っていても、訝しがられる心配はない。

 少し驚いたように目を見張った後、晃一郎は苦笑を浮かべる。

「そうか、なら話が早い。正直時間がないんだ。人為的にパラレル・スリップができるようになりはしたが、まだ時間制限付きで、それを守らないとちょっとヤバい。それに、今回は正式に『ガーディアン』として派遣されたわけじゃないんだ」

「うん、分かってる」

『ガーディアン』は、『グリード』のような超能力者を有する犯罪組織に対抗するために作られた政府が黒幕の秘密組織。あくまでも、あのパラレルワールドを守るための組織に過ぎない。

 いくらグリードの残党が犯罪目的でこの世界に紛れ込んだことが分かったとしても、わざわざ試作段階の時空間移動マシンを使って、多くのリスクを負ってまで、他の世界をご親切に助けに来る義務も責任もない。

 今回の事は、晃一郎の個人的独断による非合法なもの。晃一郎は、優花のために、優花が住むこの世界のために、危険を冒して来てくれたのだ。

 優花がこの世界に戻る時、まだ研究段階だったパラレル・ワールド間を行き来できる『時空間移動マシン』。その後、飛躍的に開発が進みはしたもののまだ完璧ではなく、移動できるのは同じ時間軸のみに限られる。

 つまり、過去や未来には行けず移動できるのは現在のみ。更に、二十四時間で戻らないと、帰れなくなるらしい。

『らしい』と言うのは、ロボット実験ではその確率が高かったということ。人間で試みたのは、今、優花の目の前に立っている金髪の向こう見ずが第一号だから、どうなるかは未知数。

 パラレル・ワールドと言うのは無数に存在していて、かつ座標も不安定なので、元に戻ったつもりが実は全く別の世界、という事態も起こり得るのだとか。

 いくらグリードの残党がこの世界に紛れ込んだからと言って、良くも気前よく来られたものだと思う。

――まったく。
 向こう見ずは、相変わらずなんだから。

 感謝するよりもあきれ果てて、まじまじと顔を見上げていたら、何を思ったか、晃一郎はその場にひょいっと胡坐を組んで座り込んだ。

「まあ、とにかく突っ立ってないで、座れば?」

 自分の隣を、『ここにおいで』とばかりにトントン叩く晃一郎に、優花は胡乱なまなざしを向ける。

 相手は、セクハラ大魔王。近づき過ぎには、要注意。

 自分にそう言い聞かせて、優花は晃一郎から少し離れて左隣に腰を下ろした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

処理中です...