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第八章 覚 醒 《Awakening》
118 おばあちゃんのお弁当
しおりを挟むお弁当のメニューは、ボリュームが違うだけで二人とも一緒だ。
やっぱり一押しは、『おばあちゃんの甘い卵焼き』。ほんのり甘くてふんわりと溶けるような舌触りが、なんとも言えずに美味しい。 小さいころからの、優花の大好物だ。
他には、鶏肉の入った五目野菜煮に少しピリ辛なキンピラゴボウ。オカラ入りミートハンバーグに、おばあちゃんが漬けた胡瓜の漬物。
ご飯の上には、のりたまのフリカケが程よく散らばり、赤い彩りは、定番のミニトマト。鮮やかな緑は、湯がいたブロッコリー。
そして、やっぱり引き締め役は、肉厚の自家製梅干し。これが又、あまり酸っぱくなくて、フルーティ。
――ああ、美味しいものを食べている瞬間って、なんて幸せなんだろう。
いつも心のこもった美味しいお弁当を作ってくれる祖母に心から感謝しつつ、大好物の甘い卵焼きを、優花がカプッと一かじりした時、同じように卵焼きを口に運んだ晃一郎が突然、クスクスと笑い出した。
「え、何? どうしたの?」
――笑われるようなこと、してないよね?
訝しげに顔を覗き込むと、晃一郎は笑いながら愉快そうに首を振った。
「いや、なんでもない」
って、ずいぶん楽しそうじゃないの。
「なによー?」
じろっと、下から軽くにらんでやったのに、やはり晃一郎は楽しげに笑うだけで。
「もう、変なのっ」
本当に、変!
ずっと、変!
食べ終わったら絶対、積もり積もった疑惑の数々の答えを、とっくり聞いてやる!
と、密かに心に誓い、今はとにかくお弁当を口に運ぶことに専念した。
人間、お腹がいっぱいになると、とたんに平和主義者になるようだ。さっきまで、なんて言って晃一郎を問い詰めようか息巻いて考えていたのに、すっかりそんな気持ちが薄らいでしまった。
――ああ、私って、つくづく日和見。
お弁当を完食し終えて満腹になった優花は、温かい日差しを頬に当てながら、『自販機でお茶でも買ってくるんだったなぁ』と、のんびりと考えていた。
確か公園の入口にあった気がするけど、戻って買ってこようかなぁ?
なんて思っていたら、まるでそれを読んだみたいなジャスト・タイミングで、膝の上にペットボトルのお茶がポンと投げ落とされて、ギクリと固まった。
「ほら、お茶」
「え……?」
あっけにとられて手に取ると、まだ充分に温かい。
――今、晃ちゃん、このお茶をどこから出したの?
ずっと手を引かれていたんだから、途中で買ったんじゃないことは分かってる。
これじゃ、まだ温かいお茶が、『どこからか突然湧いて出た』としか思えない。
ドキドキと鼓動が早まり、言葉にできない疑惑が不安を増殖させていく。
何だか怖い。
ここから先に踏み込んだら、二度と戻れないかもしれない。
背筋を這い上がってくるのは、そんな未知の領域に足を踏み入れるような、恐怖感。
このまま、この場所から逃げ出したい衝動を、ペットボトルをギュッと握りしめてどうにかこらえる。
「……なあ、優花」
ため息交じりのつぶやきが落とされ、いつの間にか自分も手にしていたペットボトル入りのお茶を、晃一郎はぐびっと一口口に含んで、遠くを見るように目を眇めた。
「う、……うん?」
「お前、記憶が戻っているんだろう?」
静かな声だった。
怒っているでもなく、咎めるでもなく。
でも、静かに落とされた声には、否を言わせないような厳しさがあった。
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