上 下
118 / 132
第八章 覚 醒 《Awakening》

118 おばあちゃんのお弁当

しおりを挟む

 お弁当のメニューは、ボリュームが違うだけで二人とも一緒だ。

 やっぱり一押しは、『おばあちゃんの甘い卵焼き』。ほんのり甘くてふんわりと溶けるような舌触りが、なんとも言えずに美味しい。 小さいころからの、優花の大好物だ。

 他には、鶏肉の入った五目野菜煮に少しピリ辛なキンピラゴボウ。オカラ入りミートハンバーグに、おばあちゃんが漬けた胡瓜の漬物。

 ご飯の上には、のりたまのフリカケが程よく散らばり、赤い彩りは、定番のミニトマト。鮮やかな緑は、湯がいたブロッコリー。

 そして、やっぱり引き締め役は、肉厚の自家製梅干し。これが又、あまり酸っぱくなくて、フルーティ。

――ああ、美味しいものを食べている瞬間って、なんて幸せなんだろう。

 いつも心のこもった美味しいお弁当を作ってくれる祖母に心から感謝しつつ、大好物の甘い卵焼きを、優花がカプッと一かじりした時、同じように卵焼きを口に運んだ晃一郎が突然、クスクスと笑い出した。

「え、何? どうしたの?」

――笑われるようなこと、してないよね?

 訝しげに顔を覗き込むと、晃一郎は笑いながら愉快そうに首を振った。

「いや、なんでもない」

 って、ずいぶん楽しそうじゃないの。

「なによー?」

 じろっと、下から軽くにらんでやったのに、やはり晃一郎は楽しげに笑うだけで。

「もう、変なのっ」

 本当に、変!
 ずっと、変!

 食べ終わったら絶対、積もり積もった疑惑の数々の答えを、とっくり聞いてやる!

 と、密かに心に誓い、今はとにかくお弁当を口に運ぶことに専念した。
 
 人間、お腹がいっぱいになると、とたんに平和主義者になるようだ。さっきまで、なんて言って晃一郎を問い詰めようか息巻いて考えていたのに、すっかりそんな気持ちが薄らいでしまった。

――ああ、私って、つくづく日和見。

 お弁当を完食し終えて満腹になった優花は、温かい日差しを頬に当てながら、『自販機でお茶でも買ってくるんだったなぁ』と、のんびりと考えていた。

 確か公園の入口にあった気がするけど、戻って買ってこようかなぁ? 

 なんて思っていたら、まるでそれを読んだみたいなジャスト・タイミングで、膝の上にペットボトルのお茶がポンと投げ落とされて、ギクリと固まった。

「ほら、お茶」
「え……?」

 あっけにとられて手に取ると、まだ充分に温かい。

――今、晃ちゃん、このお茶をどこから出したの?

 ずっと手を引かれていたんだから、途中で買ったんじゃないことは分かってる。 

 これじゃ、まだ温かいお茶が、『どこからか突然湧いて出た』としか思えない。

 ドキドキと鼓動が早まり、言葉にできない疑惑が不安を増殖させていく。

 何だか怖い。

 ここから先に踏み込んだら、二度と戻れないかもしれない。

 背筋を這い上がってくるのは、そんな未知の領域に足を踏み入れるような、恐怖感。

 このまま、この場所から逃げ出したい衝動を、ペットボトルをギュッと握りしめてどうにかこらえる。

「……なあ、優花」

 ため息交じりのつぶやきが落とされ、いつの間にか自分も手にしていたペットボトル入りのお茶を、晃一郎はぐびっと一口口に含んで、遠くを見るように目を眇めた。

「う、……うん?」

「お前、記憶が戻っているんだろう?」

 静かな声だった。

 怒っているでもなく、咎めるでもなく。

 でも、静かに落とされた声には、否を言わせないような厳しさがあった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

処理中です...