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第八章 覚 醒 《Awakening》

117 まったりなランチ・タイム

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「突っ立ってないで、いくぞ」

 ツン、と晃一郎に手を引かれて、機械的に歩き出す。

 ここでは、晃一郎も足を速めることはなく、優花はようやく自分のペースで歩くことができた。

 澄んだ青空の下、だいぶ秋めいてカラフルに色付き始めた広葉樹林の間を、くねくねと伸びている赤茶のレンガ敷きの歩道を、晃一郎に手を引かれてゆっくりと歩いて行く。

 ユラユラと風にそよぐ、道際に咲いている色とりどりのコスモス。

 秋の午後の日差しはとても穏やかで、優しくて。

 たまに、楽しそうに歩く幼い子供連れの家族とすれ違ったりすると、『ああ、平和だなぁ』とか、なごんだりして。 

 こんな訳の分からない状況でなければ、どんなにか良いのにって思う。

――それにしても、晃ちゃんは、どうしてここに私を連れて来たの?

 優花の手を引き少し前を歩く横顔からは、晃一郎が何を考えているのか、全然読み取れない。

「……」

――うーっ、嫌だ。我慢の限界だ。

 どうせ、これ以上に訳の分からない状況にはなるはずないんだから、聞いちゃえっ。

 よしっ、行けっ! と自分に気合を入れて優花は口を開いた。

「晃ちゃん!」

 でも。

 重い優柔不断の鎧を脱ぎ捨てて、思い切って口を開いたのに。

 ちょうど林と林の間にぽっかりと空いた芝植えの広場の真ん中で、晃一郎は足を止めて無造作に腰を下ろした。

 手を繋がれたままの優花は、その不意打ちの動きに付いていけずに『きゃっ』っと、小さな悲鳴を上げてステン! と尻もちをついてしまった。

 ファサッと、スカートがめくれあがり、むき出しになった太腿に一瞬硬直。

 ぎゃーっ!? っと、心で叫び、思わず持っていたカバンを放り出し晃一郎の手を振りほどき、めくれ上がったスカートを必死に抑え込んだ。

――み、見えたっ?

 チラリと視線を送ると、晃一郎はそのことには触れずに、若干含みのあるニコニコスマイルを浮かべて言った。

「景色も空気も良いし、腹も空いたから、ここで弁当にしようや」
「はあっ?」
「弁当。今朝、お前んちのおばあさんが、俺の分も持たせてくれただろう?」

 自分のカバンから、大きめの弁当箱を取り出し、かいた胡坐の上でイソイソと広げ始めた晃一郎を、呆然と見つめる。

――そ、そりゃあ、もう二時過ぎなんだから、お腹すいたけど、確かに、おばあちゃんは晃ちゃんの分もお弁当を作ってくれたけど、もしかして。

「まさか、ここまでお弁当を食べに来たってこと……ないよね?」

「まあ、それもあるけど。とにかく、食べとけよ。腹が減っては戦はできないってね。先人たちも言ってるしな」

――それもあるのか!

 これだけ人を、不安のどん底に陥れておいて、呑気に弁当を食べようなんてっ!

 と何か文句を言おうとしたとき、『ぎゅるるるるっ』と、隠しようがない大音量のお腹の虫がお鳴きになった。

「ほら、優花の腹の虫も、おばあちゃんの愛情弁当を食べたいってさ。んじゃ、ありがたくいただきまーす!」

 晃一郎が弁当箱の蓋を、パカンと開けた瞬間。ふわっと広がった、『おばあちゃん特製の甘い卵焼き』の、何とも言えない良い匂いが、お腹の虫を更に刺激する。

「ううっ……」

――悔しいけど、言い返せない自分が悲しい。

 こういう状況で、疑惑の相手とのんびりランチタイムと言うのも我ながらどうかと思うが、やっぱり空きっ腹には勝てず、別にお弁当には何の罪もないわけで。優花も自分の弁当箱をカバンから取り出し、膝の上に広げて両手を合わせる。

「いただきます」

 結局、傍目には仲の良いカップルよろしく、二人並んでまったりなランチ・タイムが始まった。


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