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第八章 覚 醒 《Awakening》

114 戻ってきた現実

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 うつら、うつらと、夢と現実の狭間を、どのくらいたゆたっていただろうか。

「優花――優花ってばっ」

 優花は、自分を呼ぶ聞き覚えのある声に反応して、パチリと目を開けた。

 白い天上と、白い壁。アイボリーのカーテン。

 研究所の病室?

 海辺のコテージ?

 それとも、リュウ邸の私室?

 ううん違う。ここは、高校の――。

「保……健室?」

 やけに鮮明な、鮮明すぎるビジョン。消えかけている玲子の思念を繋ぎとめようと、必死で抱きしめたその体。

 苦しくて、悲しくて、自分の無力さがむなしかった。

 今のは、ただの夢?

 それとも……?

 あまりにリアルな夢の余韻が冷めやらず、もしかしたら、今こうして見ているのも夢なんじゃないかという不安がよぎり、思わずギクリと体を強張らせる耳に届いたのは、聞き覚えのある女性のハスキーボイス。

「脅かさないでよ、まったくー!」

 金縛りにあったように身をこわばらせる優花の視界に、眉根を寄せた玲子の顔が、ヌッと入ってきた。

 濃紺のブレザーと、グレーのプリーツスカート。エンジのネクタイ。
 見慣れた、高校の制服姿だ。

 栗色ではなく、黒いセミロングの癖っ毛が、フワリと揺れている。

「玲……子ちゃん?」

 その元気な姿に、思わずポロリと涙が一粒頬を伝った。ぎょっとした玲子がヨシヨシと優花の肩をなでてくれる。

「どしたん? また怖い夢でもみた?」
「ううん大丈夫。寝すぎて涙が出ちゃっただけ」

 この手の温もりこそが現実だ。
 やっと夢の世界から現実に戻ってきた。そんな脈絡のない安心感が、強張っていた体の力をスウっと抜いてくれる。

 作家希望の、完全無欠のリアリスト。親友の見事なまでの存在感に、思わず優花は感謝した。

「ならいいんだけど。優花ったらいきなり倒れるんだから、さすがのアタシもビビったわ。保健の先生は留守だし、どうしようかと思ったよ……」

 そうだった。
 トイレで晃ちゃんに呼び出されて、話しているうちに、クラッと来たんだっけ。それで保健室に運ばれて眠っていたのか。

――なんだか途中で一度目が覚めて、晃ちゃんと話した気がするけど……。

 きっと、気のせいだよね?

「あはは……、ゴメンね。貧血かなぁ?」

――あんなスペクタクルな現実が、あるわけないよ。

 そう。

 たぶんあれは、今までに見たドラマとか漫画の中身がミックスされてできた、ファンタジーな夢。

 スーパー超能力者でお医者様な晃ちゃんと犬猿の仲の玲子ちゃん、素敵な無自覚乙女キラーの鈴木博士。やさしい天使の笑顔のリュウ先生と可愛いいアリスちゃん。それに、白い翼付のワンちゃん、ポチ。

 自分の想像力の豊かさに、思わず苦笑いしてしまう。でも、そう安堵する心の片隅に、なぜだか言いようのない痛みが走った。

「大丈夫? 保健の先生、捜してこよっか?」

 心配げな玲子の言葉に、ハッとして優花はフルフルとかぶりをふる。

「ううん、もう平気。なんだか爆睡しちゃったね。今何時くらい?」

 すっかり元に戻った体調を確かめながら、白いパイプベッドに身を起こして質問すると、玲子は腕時計に目を走らせる。

「今ちょうどお昼休みだよ。丸々四時間目の歴史の授業中寝てたかな。時間はね、うーん、倒れて保健室に運んでから五十分くらい? ねー、御堂?」

――えっ、晃ちゃん!?

「……ああ、そのくらいだな」

 ベッドの足元側。

 半分引かれたカーテンの陰から響いてきた静かな低音ボイスに、ドキンと鼓動が跳ね上がった。


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