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第七章 記 憶 《Memory-5》

111 慟哭の雨

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 いつの間にか意識を失っていたのだろう。

 頬に触れる温かい感触を呼び水に、優花の五感が活動を始めた。雨に濡れたのか、体が芯から冷え切っていた。ゾクゾクと、風邪の時に感じるような悪寒が背筋を這いあがってくる。

「っ……」

 全身の金縛りは解けているが、その代り両腕が後ろで縛られていた。足も縛られているのか、思うように動かない。

 体の下に感じるのは、硬く冷たい木の感触。

 強い力で体中を押さえつけられていた痛みと苦しさで、自然に流れた涙が乾いてまぶたが開けにくいが、強引に引き上げれば、ペロペロと頬を舐めているのはポチだった。

 目を開けた優花に気付いたポチが『クゥン』と心配げな声を上げる。

「ポチ……、大丈……夫?」
「クゥーン」

 悲し気な声でひと鳴きして、ポチは優花の頬に頭をスリスリとすりよせてきた。少し高めの体温が、涙が出るくらい温かい。

 首輪で超能力を封じられたポチは、ただの非力な小型犬だ。自分が気を失っていた間に酷いことをされていないだろうか?

 そんな心配が胸をよぎったが、大丈夫のようだ。ホッとした優花は自分が置かれている状況を確認しようと周囲を視線だけで見まわした。

 外だ。
 霧雨が音もなく降りしきっている。

 優花は、公園のベンチの上に足を地面に降ろした形で横たえられていた。

 既に日は暮れて周囲は闇に包まれているが、優花が居るベンチの周りだけ、頭上から降り注ぐ街灯の明かりがスポットライトのように照らし出していた。  
 
 目の前に広がるのは、人気のない公園の風景だった。霧雨にけぶる黒い影絵のような木々が、風になぶられザワザワと不気味な音を上げている。

 頭上を振り仰げば、白銀の時計塔がそそり立っていて、時計の針はあと五分ほどで十一時に届こうとしていた。

『今日の二十三時。天王寺自然公園の中央広場。時計塔の前』

 黒田マリアもどきが言っていた場所だろう。

 どうやら気を失っている間に、目的地に運ばれたようだ。でも、周囲に人の気配がない。

 そう、玲子を操っている犯人の気配さえも。

「玲子……ちゃん?」

 嫌な予感が胸をよぎり、優花は必死で体を起こした。

「玲子ちゃん、どこなのっ!?」

 その時、前方で目もくらむほどの閃光とともに『ドン』という低い地響きが上がった。一瞬のことで、光をまともに見てしまった優花は、まぶしさでギュッと目をつぶる。

 だが、目をつぶる瞬間に見えたのは、二人の人物が交錯する姿。

 おそらく、小柄で華奢なシルエットは玲子。そして、大柄でがっしりとしたシルエットは――。

「優花、無事かっ!?」

 駆け寄ってきたのは、晃一郎だった。

 全身雨に濡れそぼり、服もあちこち敗れているが、大きなけがをしているようには見えない。なのに、その両手は真っ赤に染まっていた。

「おい、ケガはないか!?」

 のばされた晃一郎の手から、赤いしずくがしたたり落ちて優花のジーンズに赤いシミを作っていく。

――なに、これ?

「晃ちゃん、玲子ちゃんは?」
「優花……」

 晃一郎は、伸ばしかけた手をギュッと握りしめて、悲し気に視線を落とした。

「すまない。村瀬は、助けられなかった」

――そん……な。そんな、ばかなことが、あるわけない。

 優花は、幼子がイヤイヤをするように頭を振った。

「ど……して?」

 こんな別れは嫌だ。

 まだ、玲子ちゃんに、何も返していない。

 知らない世界に迷い込んで心細かった私に、いつだって温かいエールを送ってくれた優しい友達。

 その彼女を、自分のせいで死なせてしまった。

 いやだ、こんの嫌だ、嫌だよっ。

「玲子ちゃんっ……!」

 感情の爆発と共に、涙が一気にあふれ出した。

 優花が声にならない声を上げて全身で泣いているその時。背後で、クスクスと愉快気な笑い声が上がった。

 それはやががて、狂気じみた哄笑に変わっていく。

 優花は、その人物を視界に捉えて、再び金縛りにあったように身動きができなくなる。


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