95 / 132
第六章 記 憶 《Memory-4》
95 おふくろの味
しおりを挟む森崎夫人の手によるディナーのメニューは、ごく普通の日本の家庭料理だった。
味がよくしみたジャガイモのぽくぽく感がたまらない肉じゃがや筑前煮。サクッとした食感と濃厚なクリームの味のハーモニーが絶妙なカニクリームコロッケ。ホウレンソウの胡麻和えにキュウリとタコの酢の物などなど。
どれも皆好物ばかりで、優花の胃袋は大いに満足した。
――たぶん、リュウ先生からの指示で、私の好きなメニューにしてくれたんだろうなぁ。ありがたいなぁ。
誰かに作ってもらった料理は、ただでさえ美味しく感じる。
それになにより、いただいた心のこもった温かい料理は、自分ではどうしても出せない祖母や母の味に似ていて、久々に『おふくろの味』を堪能した気がした。
勤め人にも関わらず、祖母と一緒にいつもこんなふうに美味しい料理を作ってくれた母。同じく勤め人で前日どんなに帰りが遅くても、朝はきちんと起きて祖母と母の合作手料理を美味しそうに食べていた父。
少しだけ、安否が知れない父と母のことを思い出して、郷愁とともに胸の奥がツキン、と痛んだ。
「お口に会いましたか?」
「はい、とっても美味しかったですっ」
ごちそうさまをした後、ニコニコ笑顔で食器を下げてくれる森崎夫人に問われ、優花は満面の笑顔で答えた。その賛辞は心からのものだ。
「それじゃ、向こうのソファーの方で食後のお茶にしましょうか。ボクはアリスを寝かせてきますので、お先にお茶にしていてください」
そういうとリュウはウツラウツラと船をこぎ出したアリスを抱き上げると、ゆったりとした足取りで食堂を出て行った。また、その姿が小さなお姫様を大切に抱っこする王子様のようで、ものすごく絵になる。
「ああ。目の保養だぁ……」
「まあ、絵面だけ見たら、同感だがな」
思わず口をついて出た優花の本音のつぶやきに、隣の席でひたすら料理に舌鼓を打っていて始終無言だった晃一郎が、苦笑気味に言う。
「絵面って、中身も立派に仲が良い兄妹でしょ?」
リュウの慈愛に満ちた表情を見れば、アリスをどんなに大切に思っているのか一目瞭然だ。アリスの方も、リュウに全幅の信頼を置いているのがよく分かる。つまり、どう見ても仲の良い兄妹だ。
「まあ、否定はしない。両親が世界中を飛び回っていて、こんな広い屋敷に二人暮らしをしていれば、自然と絆は深まるんだろうが、リュウのシスコンは度を越してるからな」
「え……?」
――そういえば、ディナーの最中に、ご両親の話題は出なかったけど……。
あんなに小さいのに、パパやママと離れて暮らしているんだ、アリスちゃん……。
いくらリュウという優しい兄がいても、親、特に母親の変わりはできない。もう中学三年生にもなる自分がこんなに母を恋しく思うのだ。まだ幼いアリスが母と離れて暮らして寂しくないわけがない。
――よし。アリスちゃんと、本気で仲良しになろう!
心の中で小さな決意を決めた優花を、晃一郎が優し気なまなざしを向けて見つめているが、優花は気付かない。
「さあさあ、お話の続きは、あちらでどうぞ」
森崎夫人にに促された優花は、晃一郎と一緒に同じ部屋の中にあるリビングスペースの応接セットへ移動を始める。足元をトコトコついてくるポチも満腹の効果か、若干眠そうだ。優花は、ポチを膝の上に抱いてソファーへ腰を落ち着けた。
「日本茶、ほうじ茶、紅茶、コーヒー、何になさいますか?」
美味しい家庭料理の後は、もちろん。
「それじゃ、日本茶で」
「あ、私も、日本茶でお願いします」
晃一郎と優花は異口同音で、日本茶をリクエストした。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる