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第六章 記 憶 《Memory-4》

95 おふくろの味

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 森崎夫人の手によるディナーのメニューは、ごく普通の日本の家庭料理だった。

 味がよくしみたジャガイモのぽくぽく感がたまらない肉じゃがや筑前煮。サクッとした食感と濃厚なクリームの味のハーモニーが絶妙なカニクリームコロッケ。ホウレンソウの胡麻和えにキュウリとタコの酢の物などなど。

 どれも皆好物ばかりで、優花の胃袋は大いに満足した。

――たぶん、リュウ先生からの指示で、私の好きなメニューにしてくれたんだろうなぁ。ありがたいなぁ。

 誰かに作ってもらった料理は、ただでさえ美味しく感じる。

 それになにより、いただいた心のこもった温かい料理は、自分ではどうしても出せない祖母や母の味に似ていて、久々に『おふくろの味』を堪能した気がした。

 勤め人にも関わらず、祖母と一緒にいつもこんなふうに美味しい料理を作ってくれた母。同じく勤め人で前日どんなに帰りが遅くても、朝はきちんと起きて祖母と母の合作手料理を美味しそうに食べていた父。

 少しだけ、安否が知れない父と母のことを思い出して、郷愁とともに胸の奥がツキン、と痛んだ。

「お口に会いましたか?」
「はい、とっても美味しかったですっ」

 ごちそうさまをした後、ニコニコ笑顔で食器を下げてくれる森崎夫人に問われ、優花は満面の笑顔で答えた。その賛辞は心からのものだ。

「それじゃ、向こうのソファーの方で食後のお茶にしましょうか。ボクはアリスを寝かせてきますので、お先にお茶にしていてください」

 そういうとリュウはウツラウツラと船をこぎ出したアリスを抱き上げると、ゆったりとした足取りで食堂を出て行った。また、その姿が小さなお姫様を大切に抱っこする王子様のようで、ものすごく絵になる。

「ああ。目の保養だぁ……」
「まあ、絵面だけ見たら、同感だがな」

 思わず口をついて出た優花の本音のつぶやきに、隣の席でひたすら料理に舌鼓を打っていて始終無言だった晃一郎が、苦笑気味に言う。

「絵面って、中身も立派に仲が良い兄妹でしょ?」

 リュウの慈愛に満ちた表情を見れば、アリスをどんなに大切に思っているのか一目瞭然だ。アリスの方も、リュウに全幅の信頼を置いているのがよく分かる。つまり、どう見ても仲の良い兄妹だ。

「まあ、否定はしない。両親が世界中を飛び回っていて、こんな広い屋敷に二人暮らしをしていれば、自然と絆は深まるんだろうが、リュウのシスコンは度を越してるからな」

「え……?」

――そういえば、ディナーの最中に、ご両親の話題は出なかったけど……。

 あんなに小さいのに、パパやママと離れて暮らしているんだ、アリスちゃん……。

 いくらリュウという優しい兄がいても、親、特に母親の変わりはできない。もう中学三年生にもなる自分がこんなに母を恋しく思うのだ。まだ幼いアリスが母と離れて暮らして寂しくないわけがない。

――よし。アリスちゃんと、本気で仲良しになろう!

 心の中で小さな決意を決めた優花を、晃一郎が優し気なまなざしを向けて見つめているが、優花は気付かない。

「さあさあ、お話の続きは、あちらでどうぞ」

 森崎夫人にに促された優花は、晃一郎と一緒に同じ部屋の中にあるリビングスペースの応接セットへ移動を始める。足元をトコトコついてくるポチも満腹の効果か、若干眠そうだ。優花は、ポチを膝の上に抱いてソファーへ腰を落ち着けた。

「日本茶、ほうじ茶、紅茶、コーヒー、何になさいますか?」

 美味しい家庭料理の後は、もちろん。

「それじゃ、日本茶で」
「あ、私も、日本茶でお願いします」

 晃一郎と優花は異口同音で、日本茶をリクエストした。


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