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第五章 記 憶 《Memory-3》
81 怪しすぎる人物
しおりを挟む今の今まで、目の前にその背中があったのに、どうして?
「晃……ちゃん?」
心細さで、名を呼ぶ声が震えてしまう。
きっと、死角になっている場所に入り込んでいるんだ。呼んだら、すぐに返事をしてくれる。
そう自分に言い聞かせ、かすかな期待をこめて、もう一度声を上げる。
「晃ちゃん、どこに居るの?」
だが、応えはない。
シンと、静まり返ったガランとした空間が、優花の震える声を吸い込むように消していく。
――や、やだっ。
どこに行ったの?
ぐるりと周囲を見渡し必死でその姿を探すが、どこにも見当たらない。
「晃ちゃんっ!」
泣きそうになりながら上げた叫び声に、クスクスと、楽しげな笑い声が重なった。
「あらあら、おいてけぼりなんて、酷い彼氏ね」
すぐ近くそれも耳元で、ささやくような言葉が落とされ、優花は「ひっ」っと声にならない悲鳴を上げて、その場に尻餅をついてしまった。腰が抜けるとよく言うが、まさに、それだ。
必死で、立ち上がろうとするが、手足に力が入らない。
「だ、だ、だ、だれっ!?」
幽霊だったら、泣く。
絶対に、泣いてやるっ!
精神が均衡を保とうと、あらぬ方へ思考が逃げる。
「さあ、私は、誰でしょう?」
大人の女性特有の、落ち着きと艶やかさを兼ね備えた柔らかな声音には、聞き覚えがあった。
そう、ごく最近聞いた声だ。
恐々と上げた視線の先には、見覚えのある人物が立っていた。
ゆうに百七十センチはあるだろう、すらりとした体躯。でも、出るところは出てますな、ナイスなボディープロポーション。
理知的な光を宿す、二重の切れ長の瞳の色は、クール・ブルー。ややくせのある長い髪は、鮮やかな栗色だ。
白衣にメガネに髪型アップ。ではなく、黒いボディースーツに黒いライフジャケット。
身にまとっているアイテムは違うが、この人物は間違いなく。
「黒田……マリア?」
呆然と落とした優花のつぶやきに、黒田マリアは、形の良い赤い唇をにいっと笑いの形に吊り上げる。
「はい、ご名答。エレベーターの女、黒田マリアでーす」
ふざけた口調が、空々しく響く。
笑った表情を作ってはいるが、蛇を思わせる粘着質の視線を向けるその目は、欠片も笑っていない。
この人は、表情や語り口通りの明るく気さくな人物じゃない、そう装った裏側で、冷たく淀んだ腐水のような感情があふれている。
――怖い。
この人は、怖いから、嫌だ。
エレベーターの中で、握手をしたときに走った嫌悪感がリアルに脳裏をよぎり、優花の手は小刻みに震えた。
「どうして……?」
今ここにこの場所に、この人が居るのだろう。
優花も、イレギュラーの通報をしたのが、この人物だと聞かされている。そもそも通報義務があるのだから、それ自体は不思議ではない。
だが、研究所の幹部しか知らない避難シェルターのある地底深くに、それも見るからに怪しげなカッコウをして、まるで優花を待ち伏せてでもいたかのように現れる、この状況が怪しすぎる。
「それはね。あなたを、あのセキュリティー万全の研究所から、炙り出すためなの」
「え……?」
『炙り出す』
不穏な響きを持ったそのフレーズに、優花は、びくりと肩を震わせる。
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