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第五章 記 憶 《Memory-3》

79 それぞれの攻防

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「村瀬には、第三者的立場でいてもらったほうが、何かと都合がいいんだ。ここの状況も含めて、今後、色々と情報を流してもらいたいしな」

 うん? と、晃一郎は、悪戯を企む少年のような光を宿した眼差しを、玲子に向けた。

「頼めるか、情報収集のスペシャリストさん?」

 晃一郎の言わんとすることを察した玲子は、ニヤリと、会心の笑みを浮かべる。

「潜入工作員、ってやつですか、ボス?」

「まあ、そういうことだ。一人だけ楽をさせやしないから、安心してスパイ活動に励んでくれ」

「了解。なら、お姉さんは、一肌も二肌も脱いじゃうよ!」

「いや、今、脱がんでもいいから。さっさと仕事に行け」

 おどけて、ブラウスの胸ボタンを外しにかかる玲子に、晃一郎は、思わず苦笑した。

 終わりのないような螺旋の階段を止まることなく降り続けながら、晃一郎は懸命に付いてくる背後の優花に、声をかけた。

「心配するな。村瀬なら大丈夫。あいつは案外、肝が据わっているからな」

 不安と焦りで押しつぶされそうな優花の気持ちは、超能力を使わなくても、ひしひしと伝わってくる。言葉など気休めに過ぎないが、それでもないよりはマシだ。

「博士は、ああ見えて筋金入りの頑固者だし、リュウに至っては『国家権力なんかクソ食らえ』な精神の持ち主だから、心配するだけ無駄だからな」

 それに、と、晃一郎は笑いを含んだ声で続ける。

「別に、お前は犯罪者じゃない。ぶっちゃけ、不法滞在者の摘発に過ぎないんだから、せいぜい、報告義務違反で戒告処分があるくらいだろうよ」

 晃一郎の言わんとすることは、優花にも理解できたが、だからといって、百パーセントの安全が保障されるわけではない。

 優花にしてみれば、自分の存在が招いた凶事だ。

 そのせいで、あの優しい人たちに何らかの危険が及ぶ、危害が加えられるかもしれない。そう考えただけで、恐怖に背筋が凍る。

――玲子ちゃん。リュウ先生。鈴木博士。

 お願いだから、みんな、無事でいて……。



 優花が、つぶれそうな胸の痛みを抱いて、皆の身を案じていたその頃。公安の査察が、いっせいに執り行われていた。

 相手が一般の企業ではなく国家機関である研究所であるためか、超能力を使っての心理調査は行われずに、一般の警察と同じような口頭での事情聴取という形で行われたのが幸いした。

 個別に事情聴取の対象になったのは、研究所の所長である鈴木博士と、ESPカウンセラーのリュウ・マイケル・タキモト。それと、情報処理業務のスペシャリストで研究所の業務委託を受けている準・公務員扱いの村瀬玲子。

 そして、鈴木博士の助手である御堂晃一郎もその対象になっていたが、姿が見えず。

 晃一郎の居所を、公安の担当官に質問された直属の上司である鈴木博士は、邪気のないエンジェルスマイルでニコニコと答え。

「ああ、あいにく彼は、今日から三日間の休暇に入っていますので、ここにはおりません。行き先は、聞いてませんねぇ。プライベートなことまでは、関知してませんので。え? 今日ですか? 会ってませんよ、ほら、休暇中ですから」

と、一蹴してしまった。

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