上 下
68 / 132
第四章 記 憶 《Memory-2》

68 禁句

しおりを挟む


 壁掛け時計にチラリと視線を走らせれば、時計の針はもうじき九時。

「いいよ。晃ちゃん、お仕事あるでしょ? あほら、もうこんな時間だよ? 患者さん、待ってるよ?」
「心配するな、今日から俺は、三日間は完全オフだ」

 これ幸いと、早く仕事に行けオーラを全開で放出しながら進言してみたが、にっこり笑顔で即却下されてしまった。

――うげげ。なによ、それ?

 今まで休みを取ったところなんて見たことないのに、なんで、いきなり三連休なの!?

 何の因果か、誰かの陰謀か。

 事実は、休みを取らなさ過ぎる晃一郎の勤務態度に業を煮やした上司が、強引に休みを取らせた、という純然たる偶然に過ぎないが、優花は知る由もない。

 ここで負けてなるものか。『彼女』との約束だけは、守らなければ。

 そんな使命感に燃えた優花は、尚も苦しい抵抗を試みた。ずる休みの定番は、仮病と相場がきまっている。

「え~~と、今日は、ちょっと体調悪くてっ。あの、だから、リュウ先生のところへは、また今度ということで……」

「体調が悪いって、どういうふうに? 熱はあるのか?」

 真顔で晃一郎に質問を返され、優花は更に固まった。

 墓穴を掘った。外科とはいえ、仮にも医者の前で『体調悪い』は、禁句だ。

「優――」
「あ、やっぱりいいです、今のはナシで!」

 いぶかしげな表情を浮かべて晃一郎が額に伸ばしてきた左手を、優花は一歩後ずさって回避する。この空気では、晃一郎がこの場で診察を始めかねない。

 晃一郎はリュウ以上の能力者だ。何かの拍子に思考を読まれでもしたら、その場でアウト。優花の努力も水の泡だ。

 だいいち、リハビリで手足に触るのとはわけが違う。知り合いに、それもあのセクハラ大魔王に、『はい、あーんと、口あけて』だの、『はい、胸の音聞くから、前を開いて』などされたら、恥ずかしくて悶え死ぬ。

 優花の無駄に思える抵抗は、秒読みで本当に無駄になりつつあった。

 適当な言い訳も思いつかず、結局、晃一郎同伴で、リュウのところへ行く羽目に陥ったのだ。

 その上、玲子も付いていくと言い出した。

「あ、じゃあ、アタシも一緒にいってあげるよ。念のため診てもらったほうがいいよ? 一人のときにいきなり覚醒して、ぶったおれでもしたら大変だし、アタシも久々にタキモトの顔も見たいし、ね、優花?」

 と、玲子も付いていく気満々だ。

 このままでは、『彼女』が一番自分の存在を知られたくないはずの恋人、晃一郎ばかりか親友の玲子、それに恋人の親友で面識もあるだろうリュウにまでバレてしまう。

 いくらなんでも一気にバレすぎだ。

 リュウの居る研究室は、地下四階。エレベーターで二階分下にある。地下二階のこのフロアからなら、どんなに多く見積もっても、ものの五分もかからずに着いてしまう。

――あああああ、どうしよう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

友人のフリ

月波結
ライト文芸
高校生の奏がすきなのは、腐れ縁・洋の彼女の理央だ。 ある日、奏が理央にキスする。それでもなにも変わらない。後悔する奏。なにも知らない洋。 そこに奏のことをずっとすきだったという美女・聡子が加わり、奏の毎日が少しずつ変化していく。 高校生の淡いすれ違う恋心と青春、傷つきやすい男の子を描きました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

処理中です...