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第四章 記 憶 《Memory-2》
65 怒気の矛先
しおりを挟むピンポーン、ピンポーン!
遠くで鳴り響く甲高いチャイム音に、深い眠りの底に沈んでいた晃一郎の意識は、一気に浮上した。ひどく懐かしい声を聞いていた気がするが、よく思い出せない。
「う……ん?」
晃一郎は、全身を包む倦怠感に低く呻いて、身じろぎをした。眉根に深くしわを刻みながら薄く目を開けた、次の瞬間、ぎくりと身をこわばらせる。
もちろん、優花の身体の上で、だ。
「あ……れ?」
「晃ちゃん、重いんだけど?」
低い声で口を尖らせる優花に睨まれ、晃一郎は、がばっと上半身を跳ね起こす。
「なっ、なんだこれ!?」
「なんだこれって言われても、見ての通りとしか」
先刻の『彼女』との会話の余波で優花の目は涙で潤んでいるし、頬には、大量に流れたことを物語るいく筋もの涙の跡が、まだ生乾きだ。
そして、この体勢。
誰がどうみても、いたいけな十五歳を襲うセクハラドクターの図にしか見えない。
「え、あ……うう?」
――マジか? マジなのか?
こんなガキ相手に我を忘れてサカるほど、欲求不満なのか、俺?
ガマの油よろしく、たらーりたらりと変な汗が滲み出す。
そんな晃一郎に更なる追い討ちを掛けたのは、カチャリと背後で上がったドアの開く音。それと同時に、響いてきた聞き覚えのある弾丸トーク。
「おっはよー優花。勝手に上がるよー。今日は、朝一で仕事があったから、一緒に朝ごはん食べ……」
勝手知ったる親友の部屋。
両手に買い出してきた朝食用の焼き立てパンの芳香漂う紙袋を抱いたまま、部屋に一歩足を踏み入れた玲子は、眼前の光景にぽかんと口をあけた。
あろうことか、ソファーの上で大事な親友が押し倒されている。押し倒しているのは、今は亡き親友を自分から奪っていった憎っくきあいつ。
カエルを睨み殺す蛇。玲子の鋭い眼光が、優花の上で固まる晃一郎を情け容赦なく射抜く。
「ちょっと、何やってんのよアホ御堂ーーーっ!?」
それぞれの思惑を吹き飛ばすような、大音量の玲子の絶叫が響き渡った。
己の行動が信じられないといった風情で、呆然と立ち上がり頭を振る晃一郎を突き飛ばし、優花の隣にすっ飛んできて、『優花、かわいそうに、こんなに泣いてーーーっ!』と、ぐりぐりと抱きしめた後、玲子の怒気の矛先は晃一郎へと向けられた。
『この人でなし!』
『変態!』
『ロリコン!』
『すっとこどっこい!』
『おたんこなすび!』
『牛に頭かじられて、踏まれてしまえ!』
要約すると、そんな内容の玲子の弾丸トーク炸裂で攻めに攻めまくられ、返す言葉もなく頭を抱えて唸っている晃一郎がさすがに気の毒になってしまった優花は、苦しい言い訳を試みた。
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