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第三章 異 変 《Accident》

40 向けられる悪意

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 高校三年生女子としては小柄な部類で標準体重な優花とはいえ、あの勢いで人間一人を抱えて階段を転げ落ちたのだ。骨折くらいはしていてもおかしくはないし、それこそ頭でも打っていたら大事だ。

 脳内出血や内臓破裂といった最悪のフレーズが勢い良く脳内を駆け巡り、優花は、顔面蒼白になった。

「晃ちゃん、大丈夫? ケガしたりしてない? 保健室いこうか? それとも、先生に言って病院に行った方がいいかな……?」

 おろおろと、情けなさと申し訳なさで涙目になりながら問う優花に、渋い表情だった晃一郎は、ふっと目元を緩めた。

「ばぁーか。このくらいでケガするほどヤワじゃねぇよ、優花じゃあるまいし」

 言葉自体は辛辣だが、声のトーンは柔らかい。

「ほら、いつまでそんなとこに座ってるつもりだ?」

 晃一郎は、ケガはしていないという言葉を証明するようにワンアクションで立ち上がると、踊り場の床にぺたりと座り込んだままの優花に手を差し出した。

 さりげない優しさは、いつもの晃一郎と変わらない。

「ありがと。ほんと、ごめんね晃ちゃん……」

 約一名、かなりしょぼくれてはいるが、大過なく立ち上がった優花と晃一郎の様子に、玲子とリュウはそれぞれ安堵のため息を吐いた。

「たいしたことなくて良かったよ。でも、本当に気をつけなよ優花。階段の転落事故って、意外と死亡率高かったりするからね」
「う、うん、気をつける……」

 ありがたい親友の忠告に素直に頷きかけた優花は、ある重大なことを思い出して、ギクリと固まった。

 背中を、嫌な汗が伝い落ちる。

 そうだ。確かに急いでいたし、じゃっかん、いや、かなり注意力は散漫な状態だったかもしれないが、けっして自分で足を踏み外したわけじゃない。

「押された……の」
「え――?」
「誰かに、背中を押されたの」
「ええっ、何、ソレ!?」

 玲子が驚くのも無理はない。
 
 自分で足を踏み外したならただのドジですむが、誰かに押されたとなると傷害事件、立派な犯罪だ。

「本当なのか?」

 晃一郎に真剣な眼差しで問われた優花は、コクリと頷く。

「本当だよ、こんなことで嘘なんかつかないよ、私」

 不安げな優花の声を掻き消すように、授業開始のチャイムが鳴り響いた。

 授業には完璧に遅刻だが、優花にとっては、正直それどころじゃないというのが本音だ。他の三人も同じ気持ちのようで、誰も、音楽室へ急ごうとは言い出さない。

 すぐに晃一郎が階段の上に駆け上がり周囲を確認したが、犯人が悠長にその場に留まっているはずもなく、三時間目の授業時間に突入した廊下には、人っ子一人いなかった。

「痕跡も、まったくなし……か」

 鋭い眼光で周囲を窺っていた晃一郎は、ため息混じりの呟きを落とすと、優花たちの居る踊り場まで戻ってきた。

「優花、犯人を見たのか?」
「ううん」

 思案気な晃一郎に問われ、優花は素直に頭を振った。姿を見るどころか、気配すら感じなかった。

「そうか……」

 だとすれば、犯人を特定するのは難しい。それこそ心の中でも覗けない限り、至難のワザだろう。

 この件が他愛無い悪戯か、それとも確固とした害意があるのか。どちらにしても、多かれ少なかれ優花に対して何者かが『悪意』を抱いていることは疑いようがない事実だ。


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