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第三章 異 変 《Accident》

39 『止まれ!』

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 もはや怒声に近い晃一郎の呼び声が耳朶を叩き、優花は我に返った。数段下に居る晃一郎の振り返る背中が、一気に眼前に迫る。

――う、うわっ、ぶつかるーーーーっ!

 このままでは、晃一郎もろとも、十数段下の踊り場まで真っ逆さまだ。

 それだけは避けたいと思うが、夢の中の異世界の物語じゃあるまいし、超能力者ならぬ優花には、どうすることもできない。重力に引かれるまま、落ちることしか出来ない優花は、ぎゅっと目を瞑った。

 ドン――と、優花の予想通り、他人の身体にぶつかる鈍い音が上がり全身に衝撃が走った。そして再び、その人物もろとも更に下に落ちる感覚に、優花は泣きたくなった。

 自分だけならまだ我慢できる。でも他人を、それも、近しい人間を巻き込んでしまうのだけは、耐えられない。

――ううん、絶対、嫌だっ!

 感情の爆発と共に、見開いた視界から色彩が消えた。

 身体全体が、熱を帯びたように、熱い。
 全身を走り抜ける、灼熱感。

 それに耐えながら、優花は、目の前に居るはずの人物を求めて必死に手を伸ばし、触れたと感じた瞬間、無我夢中でその体をたぐりよせ抱き締めた。

『止まれ!』と念じたのか、それとも『浮け!』と願ったのか自分でも定かではない。

 ただ、一瞬だけ、重力のクビキから解き放たれたかのように、身体が浮いた――ような気がしたが、それは、気のせいだったかもしれない。

 なぜなら、結果的に、優花はものの見事に晃一郎を巻き込んで、踊り場まで転がり落ちてしまったのだから。

「うっ、いたたたたっ」
「っ……てぇ……」

 誰が見ても、巻き込んだ側より巻き込まれた側の方が、被害は甚大のようだ。

 なんとか落ちてきた優花を抱きとめようと手を伸ばした晃一郎だったが、どういうわけかその手を跳ね除けて、当の優花が力いっぱい抱きついてきた。

 恐怖から出た反射的な行動だろうとは理解できるが、そのおかげで晃一郎はバランスを崩して、踊り場まで落ちる羽目になったのだ。

 まさかの珍事もとい惨事に、さすがに顔色を無くした玲子とリュウが慌てて駆け寄ってくる。

「ちょっ、ちょっと、あんたたち、大丈夫なのっ!?」

 無闇に助け起こしてもいいものか、迷ったように手を彷徨わせる玲子の切迫した問いに、優花に抱きつかれたまま、クッション代わりに下敷きにされている晃一郎は、眉間に皺を刻んで低く呻いた。

「……大丈夫なわけ、あるかっつうの。見りゃあ、わかるだろうがっ。ってか、重いぞ優花、いい加減にどいてくれ!」

――え?
 あ、ああああっ!?

「ご、ごめんっ、晃ちゃん!」

 しっかり晃一郎の胸元に抱きついたままだった優花は、己の行動にやっと気付いたように、瞬間湯沸し機並みに顔を上気させつつ、泡を食って自分の身体を引き剥がした。

 その急激な動きのせいか、こめかみにズキンと鋭い痛みが走り、思わず呻き声が、優花の口を突いて出る。

「った……」
「頭が痛いの優花!?」
「どこかにぶつけたりしましたか?」

 心配げにに問う玲子とリュウに、優花は、「ううん。平気、大丈夫だよ」と、どうにか笑顔を作ってみせる。

 ぶつけてはいない、はずだと思う。

 晃一郎がクッションになってくれたおかげで、ほとんど、実害はないに等しい。むしろ心配なのは、下敷きにされた晃一郎の方だ。

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