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第三章 異 変 《Accident》
35 絶好の小説ネタ
しおりを挟む「晃ちゃん……どういうつもりなの?」
本当は語気を荒げて問い詰めたいところだが、リュウと玲子がいる手前そうもいかない。かなり引きつり気味の笑みを浮かべ、優花は努めて冷静に言葉を発した。
「いやー、喉が渇いて、ついデキゴコロデス、ゴメンナサイ」
「違うっ……」
「違うって? ってか、なんかその笑顔、怖いぞ、優花……?」
――へえ、怖いんですか。そうですか。
それは、後暗いところがあるからじゃないんですか?
「どうして、リュウくんに嘘を教えるの?」
「へ……?」
優花の怒気の原因が掴めない晃一郎は、要領を得ないように目を瞬かせる。
「現国の時のメモのこと!」
ぶすっと加えられた注釈にやっと合点がいったのか、晃一郎は優花の隣で邪気のない笑みをたたえているリュウにチラリと若干毒の含んだ視線を投げた。
『バラシタナコノヤロウ』
そんな怒りのオーラをにじませて念波を送ってみるが、鉄壁とも思えるエンジェル・スマイルの前には歯が立たない。
「えーと、まあ、その、あんまり気持ちよさそうに寝てたから、邪魔したら悪いかなーって」
「だからってなぜあの内容? そうなら、ただ『寝かせてあげてほしい』って書けばすむことじゃないの?」
「あー、別に悪気はないから、気にするな」
一応の言い訳は聞いたものの、すっきりとしない優花は、むーっと眉根を寄せる。その様子を興味津々で傍観していた玲子が、ニッコリと本日一番の笑顔を浮かべた。
「えー、なになに? 嘘のメモって何? 何の話?」
ゴロゴロと、まるで上機嫌の猫が喉を鳴らしているような声音に、優花はぎくりと全身をこわばらせる。
しまった! と、思ったときには遅かった。
冷静にと努めたつもりだったが、やはり怒りに我を忘れていたのだろう。
猫にカツオブシ。玲子にゴシップネタ。
優花は、玲子に絶好の小説ネタを提供してしまった己の愚行を、はっきりと悟った。
※ ※ ※
三時間目は、選択授業だった。
生徒は、美術か音楽のどちらかの授業を選択していて、それぞれ美術室と音楽室に移動をする必要がある。しかし週一回ながら、これが意外と骨が折れる作業だった。
まずは、体育館から職員室や通常のクラスが入っているA棟へ。そこから更に、特別教室が入っているB棟まで移動しなければならず、互いの棟を往来できるのは二階部分にかけられている連絡路か、地上の渡り廊下のどちらかしかない。
優花も玲子も晃一郎もついでにリュウも、皆が音楽を選択していたため、同じルートでの移動となった。
即行で着替えを済ませA棟最上階の四階にある自分たちの教室に戻り音楽の教科書類を引っつかみ、すぐさま二階の連絡路を渡りB棟へ。
すかさず階段を駆け上がり音楽室のある四階まで一気にGO!
だが最悪なことに、音楽室は階段から一番奥まった東側の角部屋だった。
だれが時間割を考えているのか定かではないが、その人物には想像力と言うものが欠けているか、何も考えていないのん気者に違いない。
『考えたヤツ、自分でこの距離移動してみやがれ!』
トイレに行く時間すらないのだから、生徒たちが、半ばヤケクソ気味にそうぼやくのも、無理は無いだろう。それほど、この移動内容には無理があった。
「うひー。毎度ながら、そこはかとなく悪意を感じずにはいられない時間割だよねー。きっと『エロカマキリ』あたりの差し金に違いない」
移動距離の約半分。
体育館からA棟四階にある自分たちの教室、三年A組にたどり着いた所で、玲子も疲れたのか、うんざりした様子で大きく息を吐いて優花にぼやいた。
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