上 下
3 / 8

邂逅

しおりを挟む
警察。警察だ。警察を呼ぼう。いやこの場合は救急か? 





でも死んでるんだぞ。いや生きてるかもしれない。あれで生きてる? 私にはわからん。


そもそもどうしてこんなところに死体なんてあるんだ。冗談だろ。


私は頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されていった。
 警察や救急を呼ぶのは慣れている。何せ人が空から落っこちてくる街に住んでいるのだ。感覚としては犬の糞を持ち帰らず放置されているのを発見し、処理するようなモノ。だと言うのに私は酷く動揺をしていた。
 こんなところに飛び降り自殺をできる場所なんてないのだから。私は焦燥感に駆られながら、コートのポケットにしまった携帯を取り出そうとした。
 しかしあまりの慌てふためきっぷりに、私は支えていた角から手を離した挙句、体の体制を崩し、体を背後のブロック塀に打ち付けた。肩に激痛が走る。そして私はずるずると壁に添いながら落ちるように、その場に座り込んだ。お尻に冷たい血が染みんでくる。それに肩がジンジンと痛む。私は肩を手を充てがうと、少しでも紛らわそうとぐっと握った。
 私の唯一の心の平穏を保てる場所がこんなことになっているなんてそんなバカなことがあってたまるか。私はただ頭を抱えて嘆くしか無かった。あまりのことに、今の私はこの後のすべきことなんて到底考えられ状況だった。喉の奥から酸っぱいものが、ぐんぐんと這い上がっててきて、私の口の中が酸味を帯びていく。吐き出してしまいたいだとか、そう言った考えすらを思いつかない。ただ私の頭の中は真っ白になっていて、どこか遠いところで、どうして私が死体なんぞ発見せねばならんのだと言う、怒りのような感情すら火種のように湧いて出ている。
 とにかくこの状況をどうにかしなければならないと思った私は、一旦死体から離れようと行動に出た。ただでさえ吐きそうなのに、もう一度死体なんぞ見たら吐き出してしまう。私は死体を見ないように片手で目を覆い尽くした。そしてそれからもう片方の手で、壁を支えに立ち上がると、それをつたってこの場所から逃げ出そうと、そう思った。
 手に違和感を感じる。まるでイチゴをすり潰したモノを直接手に触れているような、形のある滑りを、壁に充てがう手に感じる。
 そういえばここに入る時、壁に撒き散らされたような水の跡があったのを思い出した。ドロドロに滴り落ちていた気がする。頭の中でピースがハマるような、感覚が走った。私は目を覆い隠していた片手をゆっくりと広げていく。血に塗れた少女の姿が見える。彼女の背後にあるブロック塀には、肉片を帯びた血が、イチゴジャムのように、ゆっくりと滑り落ちていくのが見えた。
 違和感があった手に視線を移す。手には赤い血と、そこにこびりついた小さな粒が複数付着していた。人間の肉片が私の手に付着していた。私はただそれを傲然と眺め続ける。
 どうして私がこんな目に遭わなければならないのか。
会社をクビになる。雨には打たれる。猫には会えたものの、こうして死体を発見するだなんてどうかしている。私は絶望感に打ちのめされ、そして、その場で胃液を思いっきり吐き出した。ここ数日食事をとっていないせいか、濁った胃液しか出てこない。ゼエゼエと咳き込んでも、濁った粒が吐き出されるだけで、血溜まりに粒が形成されるだけだった。
 思いっきり体力が削られていく。食事をとっていないのだからこれはつまりトドメの一撃なんだろうなと思った。私の意識が遠のいていきそうになる。視界の端っこに黒い影が忍び寄ってきた。おいおい冗談じゃないぞ、死体と一緒に寝るなんて冗談じゃない。
 こんな不幸なことが夕方以外であってたまるか。苦しむのは夕方だけでいい。優雅やで精一杯なんだ。
 眼前にはただ死体がある。黒い髪をした少女が、壁に投げ捨てられたように寝っ転がっている。服は真っ白なローブで、黒い血に染まっていた。彼女の体から滴り落ちてくる血の雫が、ぽつんぽつんと音色を奏で、空間に反響をした。遠くで雨がザーザーと降り注ぐ音が聞こえる。しかしブロック塀に囲まれたここでは音がこもって頭に入ってこない。足元にあるマンホールの小さい穴に、血が流れていき、ちょろちょろとせせらぐ。
 鮮血と肉片に染まった路地裏は、ただただ静かで、ここだけ世界に取り残されたんじゃないかと、私はそう思えた。
 誰もいない。私と彼女だけの世界。誰も侵入してこない絶望の世界。
 そんな世界に亀裂が入るように、翼がはためく音がした。
 水を打ったように、私の耳に入る音は消え去って、その音だけに意識が注がれた。水をバシャバシャと叩きつける音。水鳥でもいるのかと私は思って、そんなことはありえないと思いながらも当たりを見回した。いったいどこにいるのだろう。空を眺めても影は見えない。ブロック塀の上に止まっているのかと思ってもいない。鳥の影は一つも見えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...