上 下
15 / 119

襲撃1

しおりを挟む
○○○○○

 その夜、キイトは二階の自室で、ベッドに寝転がり糸を紡いでいた。
 就寝時間まで粘ってはみたが、糸伝話のための特別な糸は、何度やっても弱すぎたり強すぎたりと、思い通りに紡げない。そのうちに飽きてしまう。しかし目をつむり眠ろうとすると、昼間見た、あの絵を思い出してしまう。
 真っ赤な水脈、白い吹雪、青い人。ぞっとして目を開けた。

(イトムシがもっとたくさんいてくれたら良いのに。それで、イトムシの子と同じ部屋で眠れたら、楽しかったのになぁ)

 キイトは暗闇へ向かって、「ばぅ」と一声吠えてみた。
 本当は、自分もナナフシたちに付いて行きたかったのだ。しかし、それができない。教育館の子供たちが苦手だった。
 毎日、衣食住を共にしている教育館の子供たちは、部外者の、しかも怪我でもさせたら、きつい説教を喰らうであろう、貴重なイトムシの子を、どう扱って良いのか分からず、滅多に話しかけてはこない。
 ナナフシに連れられて行っても皆よそよそしく、その目はキイトの目と交わることは無かった。キイトはいつも疎外感を感じていた。

(ナナフシだけだ、僕の目を見て話してくれるのは……。でも別に、ナナフシさえ友達でいてくれたらいいや)

 寂しさを紛らわすために糸を紡ぐ。
 微睡みの中、手を動かすのも億劫で唇を尖らせ糸を吹いた。短い糸がふわりと宙に浮き、煙のようにくねり流れる。捕まえようと手を上げたが、その空気の流れに乗り、糸はベッドの下へと落ちてしまった。
 キイトは眉をひそめ、寝返りを打ちベッドの下を覗き込んだ。

(みつけた)

 暗闇でも、自分の糸は必ずわかる。しかし、手を伸ばすが届かない。もぅ少し、と肩を落とし、ぐっと伸びた瞬間に、ボスンと体が落ちた。
 床へと転がったが、幸い夏用の毛布が一緒に落ちたので、どこも痛くはない。

「あぁもう。どこだよ」

 痛みが無い代わりに、今の衝撃で糸は完全にベッドの奥へと飛ばされた。
 少し横着をすればこれだ、最初から起き上がって取りに行けばよかった。そう思いながらも、毛布に絡まったまま、ベッドの奥へと這い進んだ。
 ベッドのちょうど真下で、糸は見つかった。
 糸を摘み上げ、糸輪へ織り込み一息つく。腹ばいのままでまわりを見回すと、そこが、思いがけず居心地の良い場所である事に気が付いた。
 シロは掃除に手抜かりがなく、ベッドの下に埃は見当たらない。まるで秘密基地のような、狭く暗い空間にキイトの瞳が煌めく。

(そうだ、ここは盗賊の秘密基地だ! 入口には色々な仕掛け糸があって、頭領の隠した財宝が……)

 キイトは冷たい床に頬をピタリとつけ、そのまま目を瞑ると、想像の世界を楽しんだ。


 カタン 


 穏やかな夢の中、現実の異音に眠りから浮かび上がる。続いて「トン」と、何かが部屋へと入って来た音で、はっきりと目を覚ました。

 いつの間にか、ベッドの下で眠ってしまっていた。

 密やかな夜の風が流れ込んでくる。窓が開かれたのだ。そして、忍ばせた足音がベッドへと寄ってきた。
 キイトは腹ばいになったまま目だけを動かし、黒く柔らかそうな見知らぬ靴を確認した。

(誰? 大人だ……知らない大人、泥棒だっ)

 ドクドクと心臓が鳴り、じっとりと汗が滲む。

 知らない足はベッドの脇へと立つと、ギギっと音を鳴らしベッドを確認し始めた。いったい今は何時だろう、抜け出したベッドは冷たいはずだ。
 直感的に身の危険を感じ、糸が心臓の音と共に、乾いた喉を上がろうとする。足が移動した。

(っ母さん、母さん!)

 キイトは叫び出しそうな声を抑え、ぐっと奥歯を噛み締めた。
 母親を思ったとたん、不安で泣き出しそうになる。

(もし、こいつが部屋を出て、母さんの元へ行ったら? 大丈夫、母さんはイトムシだ。誰よりも強い。でも、もし、眠っていて気が付かなかったら? ……何を考えているんだ、僕はイトムシなのに! こんな奴一人でやっつけなきゃ)

 キイトはそっと息を吐いて、心を決めた。

 ゆっくりと歩く足を目で追いながら、糸を紡ぎ、糸輪から糸を加えていく。
 糸を紡ぐと自然と心が落ち着いた。知らない足は移動し、いまは反対側の端へと辿り着いていた。
 キイトは身を滑らせ、その足とは反対側に移動する。
 
 ばさりと布団が落とされた。
 
 キイトは身を低くしたままベッドの下から出て、影に隠れて様子を伺った。向こう側の隙間に、侵入者の足が下がり、膝が付かれる、手が下りてくる――。失敗してはいけない、大人と戦って子供が勝つのは難しいと分かっていた。だからこそ、隙をつかなくては。早すぎても遅すぎても、失敗してしまう。

 屈んだキイトの目に、ベッドの下を覗こうとする、侵入者の二の腕が見え肩が見え、そして首が見えた。

 キイトは動いた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

処理中です...