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襲撃1
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○○○○○
その夜、キイトは二階の自室で、ベッドに寝転がり糸を紡いでいた。
就寝時間まで粘ってはみたが、糸伝話のための特別な糸は、何度やっても弱すぎたり強すぎたりと、思い通りに紡げない。そのうちに飽きてしまう。しかし目をつむり眠ろうとすると、昼間見た、あの絵を思い出してしまう。
真っ赤な水脈、白い吹雪、青い人。ぞっとして目を開けた。
(イトムシがもっとたくさんいてくれたら良いのに。それで、イトムシの子と同じ部屋で眠れたら、楽しかったのになぁ)
キイトは暗闇へ向かって、「ばぅ」と一声吠えてみた。
本当は、自分もナナフシたちに付いて行きたかったのだ。しかし、それができない。教育館の子供たちが苦手だった。
毎日、衣食住を共にしている教育館の子供たちは、部外者の、しかも怪我でもさせたら、きつい説教を喰らうであろう、貴重なイトムシの子を、どう扱って良いのか分からず、滅多に話しかけてはこない。
ナナフシに連れられて行っても皆よそよそしく、その目はキイトの目と交わることは無かった。キイトはいつも疎外感を感じていた。
(ナナフシだけだ、僕の目を見て話してくれるのは……。でも別に、ナナフシさえ友達でいてくれたらいいや)
寂しさを紛らわすために糸を紡ぐ。
微睡みの中、手を動かすのも億劫で唇を尖らせ糸を吹いた。短い糸がふわりと宙に浮き、煙のようにくねり流れる。捕まえようと手を上げたが、その空気の流れに乗り、糸はベッドの下へと落ちてしまった。
キイトは眉をひそめ、寝返りを打ちベッドの下を覗き込んだ。
(みつけた)
暗闇でも、自分の糸は必ずわかる。しかし、手を伸ばすが届かない。もぅ少し、と肩を落とし、ぐっと伸びた瞬間に、ボスンと体が落ちた。
床へと転がったが、幸い夏用の毛布が一緒に落ちたので、どこも痛くはない。
「あぁもう。どこだよ」
痛みが無い代わりに、今の衝撃で糸は完全にベッドの奥へと飛ばされた。
少し横着をすればこれだ、最初から起き上がって取りに行けばよかった。そう思いながらも、毛布に絡まったまま、ベッドの奥へと這い進んだ。
ベッドのちょうど真下で、糸は見つかった。
糸を摘み上げ、糸輪へ織り込み一息つく。腹ばいのままでまわりを見回すと、そこが、思いがけず居心地の良い場所である事に気が付いた。
シロは掃除に手抜かりがなく、ベッドの下に埃は見当たらない。まるで秘密基地のような、狭く暗い空間にキイトの瞳が煌めく。
(そうだ、ここは盗賊の秘密基地だ! 入口には色々な仕掛け糸があって、頭領の隠した財宝が……)
キイトは冷たい床に頬をピタリとつけ、そのまま目を瞑ると、想像の世界を楽しんだ。
カタン
穏やかな夢の中、現実の異音に眠りから浮かび上がる。続いて「トン」と、何かが部屋へと入って来た音で、はっきりと目を覚ました。
いつの間にか、ベッドの下で眠ってしまっていた。
密やかな夜の風が流れ込んでくる。窓が開かれたのだ。そして、忍ばせた足音がベッドへと寄ってきた。
キイトは腹ばいになったまま目だけを動かし、黒く柔らかそうな見知らぬ靴を確認した。
(誰? 大人だ……知らない大人、泥棒だっ)
ドクドクと心臓が鳴り、じっとりと汗が滲む。
知らない足はベッドの脇へと立つと、ギギっと音を鳴らしベッドを確認し始めた。いったい今は何時だろう、抜け出したベッドは冷たいはずだ。
直感的に身の危険を感じ、糸が心臓の音と共に、乾いた喉を上がろうとする。足が移動した。
(っ母さん、母さん!)
キイトは叫び出しそうな声を抑え、ぐっと奥歯を噛み締めた。
母親を思ったとたん、不安で泣き出しそうになる。
(もし、こいつが部屋を出て、母さんの元へ行ったら? 大丈夫、母さんはイトムシだ。誰よりも強い。でも、もし、眠っていて気が付かなかったら? ……何を考えているんだ、僕はイトムシなのに! こんな奴一人でやっつけなきゃ)
キイトはそっと息を吐いて、心を決めた。
ゆっくりと歩く足を目で追いながら、糸を紡ぎ、糸輪から糸を加えていく。
糸を紡ぐと自然と心が落ち着いた。知らない足は移動し、いまは反対側の端へと辿り着いていた。
キイトは身を滑らせ、その足とは反対側に移動する。
ばさりと布団が落とされた。
キイトは身を低くしたままベッドの下から出て、影に隠れて様子を伺った。向こう側の隙間に、侵入者の足が下がり、膝が付かれる、手が下りてくる――。失敗してはいけない、大人と戦って子供が勝つのは難しいと分かっていた。だからこそ、隙をつかなくては。早すぎても遅すぎても、失敗してしまう。
屈んだキイトの目に、ベッドの下を覗こうとする、侵入者の二の腕が見え肩が見え、そして首が見えた。
キイトは動いた。
その夜、キイトは二階の自室で、ベッドに寝転がり糸を紡いでいた。
就寝時間まで粘ってはみたが、糸伝話のための特別な糸は、何度やっても弱すぎたり強すぎたりと、思い通りに紡げない。そのうちに飽きてしまう。しかし目をつむり眠ろうとすると、昼間見た、あの絵を思い出してしまう。
真っ赤な水脈、白い吹雪、青い人。ぞっとして目を開けた。
(イトムシがもっとたくさんいてくれたら良いのに。それで、イトムシの子と同じ部屋で眠れたら、楽しかったのになぁ)
キイトは暗闇へ向かって、「ばぅ」と一声吠えてみた。
本当は、自分もナナフシたちに付いて行きたかったのだ。しかし、それができない。教育館の子供たちが苦手だった。
毎日、衣食住を共にしている教育館の子供たちは、部外者の、しかも怪我でもさせたら、きつい説教を喰らうであろう、貴重なイトムシの子を、どう扱って良いのか分からず、滅多に話しかけてはこない。
ナナフシに連れられて行っても皆よそよそしく、その目はキイトの目と交わることは無かった。キイトはいつも疎外感を感じていた。
(ナナフシだけだ、僕の目を見て話してくれるのは……。でも別に、ナナフシさえ友達でいてくれたらいいや)
寂しさを紛らわすために糸を紡ぐ。
微睡みの中、手を動かすのも億劫で唇を尖らせ糸を吹いた。短い糸がふわりと宙に浮き、煙のようにくねり流れる。捕まえようと手を上げたが、その空気の流れに乗り、糸はベッドの下へと落ちてしまった。
キイトは眉をひそめ、寝返りを打ちベッドの下を覗き込んだ。
(みつけた)
暗闇でも、自分の糸は必ずわかる。しかし、手を伸ばすが届かない。もぅ少し、と肩を落とし、ぐっと伸びた瞬間に、ボスンと体が落ちた。
床へと転がったが、幸い夏用の毛布が一緒に落ちたので、どこも痛くはない。
「あぁもう。どこだよ」
痛みが無い代わりに、今の衝撃で糸は完全にベッドの奥へと飛ばされた。
少し横着をすればこれだ、最初から起き上がって取りに行けばよかった。そう思いながらも、毛布に絡まったまま、ベッドの奥へと這い進んだ。
ベッドのちょうど真下で、糸は見つかった。
糸を摘み上げ、糸輪へ織り込み一息つく。腹ばいのままでまわりを見回すと、そこが、思いがけず居心地の良い場所である事に気が付いた。
シロは掃除に手抜かりがなく、ベッドの下に埃は見当たらない。まるで秘密基地のような、狭く暗い空間にキイトの瞳が煌めく。
(そうだ、ここは盗賊の秘密基地だ! 入口には色々な仕掛け糸があって、頭領の隠した財宝が……)
キイトは冷たい床に頬をピタリとつけ、そのまま目を瞑ると、想像の世界を楽しんだ。
カタン
穏やかな夢の中、現実の異音に眠りから浮かび上がる。続いて「トン」と、何かが部屋へと入って来た音で、はっきりと目を覚ました。
いつの間にか、ベッドの下で眠ってしまっていた。
密やかな夜の風が流れ込んでくる。窓が開かれたのだ。そして、忍ばせた足音がベッドへと寄ってきた。
キイトは腹ばいになったまま目だけを動かし、黒く柔らかそうな見知らぬ靴を確認した。
(誰? 大人だ……知らない大人、泥棒だっ)
ドクドクと心臓が鳴り、じっとりと汗が滲む。
知らない足はベッドの脇へと立つと、ギギっと音を鳴らしベッドを確認し始めた。いったい今は何時だろう、抜け出したベッドは冷たいはずだ。
直感的に身の危険を感じ、糸が心臓の音と共に、乾いた喉を上がろうとする。足が移動した。
(っ母さん、母さん!)
キイトは叫び出しそうな声を抑え、ぐっと奥歯を噛み締めた。
母親を思ったとたん、不安で泣き出しそうになる。
(もし、こいつが部屋を出て、母さんの元へ行ったら? 大丈夫、母さんはイトムシだ。誰よりも強い。でも、もし、眠っていて気が付かなかったら? ……何を考えているんだ、僕はイトムシなのに! こんな奴一人でやっつけなきゃ)
キイトはそっと息を吐いて、心を決めた。
ゆっくりと歩く足を目で追いながら、糸を紡ぎ、糸輪から糸を加えていく。
糸を紡ぐと自然と心が落ち着いた。知らない足は移動し、いまは反対側の端へと辿り着いていた。
キイトは身を滑らせ、その足とは反対側に移動する。
ばさりと布団が落とされた。
キイトは身を低くしたままベッドの下から出て、影に隠れて様子を伺った。向こう側の隙間に、侵入者の足が下がり、膝が付かれる、手が下りてくる――。失敗してはいけない、大人と戦って子供が勝つのは難しいと分かっていた。だからこそ、隙をつかなくては。早すぎても遅すぎても、失敗してしまう。
屈んだキイトの目に、ベッドの下を覗こうとする、侵入者の二の腕が見え肩が見え、そして首が見えた。
キイトは動いた。
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