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阿形と吽形2
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○●
「はっ、っは……ふう」
石階段を最上段まで上がり、絹笛はようやく一息ついた。
十日通い続けても、やはり裸足はきつい。
近頃は日差しも容赦なく、火傷か擦りむけかわからない赤い腫れが、土踏まずまで膨らませていた。
「っはぁー……」
痛みは耐えがたい。だが、その痛みをこらえてでも叶えたい願いがあった。
絹笛は、膝から下を動かすようにして、痛む足を運んだ。現れた紅い鳥居に向かい、ぺこりと頭を下げ、参道の真ん中を避け、いつものように左側を進もうとする。その時だった。
「なぁ、童」
「っ?!」
突然、頭上から声をかけられた。
慌てて左手で口を押えると、身をひるがえす。
見上げたそこには、いつもは静かに鎮座する狛犬は無く、石座に仁王立ちする、若い男がいた。
「?!」
絹笛は驚き体勢を崩し、とととっ、と後ずさった。 そしてそのまま、反対側の石座にしたたか背を打つ。
「っ!!」
「おっと」
勢いのまま、頭までも石座にぶつけてしまう所を、大きな手がさっと石座との間に入り、絹笛の頭を包んで衝撃から守ってくれた。
「あぶない。頭こっつんこしちゃうよ」
「……っ」
声に見上げれば、こちらの石座の上にも若い男。
絹笛は、両側を石座に現れた男に挟まれ、よたた……っと足を引きずった。
右からも左からも、視線が降り注いでくる。
絹笛は逃げ場をなくし、少しさまよったが、社を背にぺたんと、両の石座のちょうど真ん中に座り込んだ。
大きな目が開き、突然の事に驚き揺れている。
「童……その、驚かせて悪いな。その、な……、なんと言えばいいか。ちくしょう」
そう言ったのは、はじめに声を掛けてきた男だった。
男は腕を組むと、石座の上で、どかりと胡坐をかいた。
男は、神職の白装束を纏っており、袴の色もまた白色。透ける様な絽の羽織には、青い玉石を飾り付けてあった。
一見して神社関係者の姿だったが、不思議と頭巾をかぶっていた。その頭巾のせいで全ては見えないが、精悍な顔を縁どる髪は、目が清められるほどに、深く青い。
『人』では持ち得ない、長い青髪を持っていた。
役者絵のようにへの字に結んだ唇には、そこはかとない色香を宿している。
こちらを見る吊り目の瞳は、一時は恐ろしかったが、見つめて来る眼差しの優しさに、悪いものでは無いと感じられた。
「うーさん。まぁ、ぼちぼちやろう。童、まいにち、まいにち、来てくれてありがとな」
どこか甘ったるい声。
絹笛は釣られたように、顔をもう一方、頭を守ってくれた男に向けた。
男は、もう一方と同じ装束だったが、絽の羽織には、赤い玉石を飾り付けてある。そして頭巾をせず、代わりに、鼻と口を、白く垂れた布で隠している。
何だか愛嬌のある、丸い大きな目。その目の目尻だけは、くっと下がり、口元が見えなくとも笑っているように見えた。
男が石座の上で、絹笛を覗くように少し屈むと、長く渦巻く赤髪が波打った。
着物を包むほどのこぼれた赤髪は、夕日に染まる海波のようで、目がくらくらとする。
唐突に現れた二人の男は、どちらもとても美しかった。
人ならざるものと一目でわかる、髪の色。
赤と青の対比。
そして不思議で魅力的な眼差し。
町役者でも、二人の隣には立ちたがらないだろう。
普段から、豪華絢爛な夜の世界を覗きなれている絹笛だったが、目の前の者達は初めて目にした、清涼な男らしさ、神々しさ、あやしさ――。異界の魅力だった。
絹笛はじっと二人を魅入った。
「はっ、っは……ふう」
石階段を最上段まで上がり、絹笛はようやく一息ついた。
十日通い続けても、やはり裸足はきつい。
近頃は日差しも容赦なく、火傷か擦りむけかわからない赤い腫れが、土踏まずまで膨らませていた。
「っはぁー……」
痛みは耐えがたい。だが、その痛みをこらえてでも叶えたい願いがあった。
絹笛は、膝から下を動かすようにして、痛む足を運んだ。現れた紅い鳥居に向かい、ぺこりと頭を下げ、参道の真ん中を避け、いつものように左側を進もうとする。その時だった。
「なぁ、童」
「っ?!」
突然、頭上から声をかけられた。
慌てて左手で口を押えると、身をひるがえす。
見上げたそこには、いつもは静かに鎮座する狛犬は無く、石座に仁王立ちする、若い男がいた。
「?!」
絹笛は驚き体勢を崩し、とととっ、と後ずさった。 そしてそのまま、反対側の石座にしたたか背を打つ。
「っ!!」
「おっと」
勢いのまま、頭までも石座にぶつけてしまう所を、大きな手がさっと石座との間に入り、絹笛の頭を包んで衝撃から守ってくれた。
「あぶない。頭こっつんこしちゃうよ」
「……っ」
声に見上げれば、こちらの石座の上にも若い男。
絹笛は、両側を石座に現れた男に挟まれ、よたた……っと足を引きずった。
右からも左からも、視線が降り注いでくる。
絹笛は逃げ場をなくし、少しさまよったが、社を背にぺたんと、両の石座のちょうど真ん中に座り込んだ。
大きな目が開き、突然の事に驚き揺れている。
「童……その、驚かせて悪いな。その、な……、なんと言えばいいか。ちくしょう」
そう言ったのは、はじめに声を掛けてきた男だった。
男は腕を組むと、石座の上で、どかりと胡坐をかいた。
男は、神職の白装束を纏っており、袴の色もまた白色。透ける様な絽の羽織には、青い玉石を飾り付けてあった。
一見して神社関係者の姿だったが、不思議と頭巾をかぶっていた。その頭巾のせいで全ては見えないが、精悍な顔を縁どる髪は、目が清められるほどに、深く青い。
『人』では持ち得ない、長い青髪を持っていた。
役者絵のようにへの字に結んだ唇には、そこはかとない色香を宿している。
こちらを見る吊り目の瞳は、一時は恐ろしかったが、見つめて来る眼差しの優しさに、悪いものでは無いと感じられた。
「うーさん。まぁ、ぼちぼちやろう。童、まいにち、まいにち、来てくれてありがとな」
どこか甘ったるい声。
絹笛は釣られたように、顔をもう一方、頭を守ってくれた男に向けた。
男は、もう一方と同じ装束だったが、絽の羽織には、赤い玉石を飾り付けてある。そして頭巾をせず、代わりに、鼻と口を、白く垂れた布で隠している。
何だか愛嬌のある、丸い大きな目。その目の目尻だけは、くっと下がり、口元が見えなくとも笑っているように見えた。
男が石座の上で、絹笛を覗くように少し屈むと、長く渦巻く赤髪が波打った。
着物を包むほどのこぼれた赤髪は、夕日に染まる海波のようで、目がくらくらとする。
唐突に現れた二人の男は、どちらもとても美しかった。
人ならざるものと一目でわかる、髪の色。
赤と青の対比。
そして不思議で魅力的な眼差し。
町役者でも、二人の隣には立ちたがらないだろう。
普段から、豪華絢爛な夜の世界を覗きなれている絹笛だったが、目の前の者達は初めて目にした、清涼な男らしさ、神々しさ、あやしさ――。異界の魅力だった。
絹笛はじっと二人を魅入った。
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