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結び3

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 阿形あぎょうが嬉々とした後に、顔をしかめ石の台座へと座り込んだ。

「やはり、ここから動けぬとは……本当につまらん。思いっきり駆け回りたい、やしろの屋根まで飛び跳ねたい。吽形と翡翠がいなきゃ、わし、暇死にする。死ぬのは許されていないが、そのぐらいの心持ちじゃ」

 そう大きくため息を吐き、天を仰ぐと、あっと牙の無い口を開け、やる気なく威嚇した。

「わしらが神罰をくらう意味がわからない。多少のやんちゃを許せぬ、天上がややこしい」

 吽形うんぎょうは翡翠の髪をすくいながら、阿形を慰める。

「まぁ、そう言うな、あーさん。魂をい付けられ、この場から動けぬ大罰だけで、かなり大目に見てもらったものだ。あーさんは持ちものが多いから、千里眼にも影響があったが、それも多少。しばらくの間だ。天上の裁き、真摯しんしに受けとめよう」

「や、納得できんな。確かに暴れた、確かに神様をなくしてしまった、確かに場を穢してしまった、確かに神罰の『人』を助けた。だがっ、どれもこれもそれなりの理由があっただろう。それらを汲んで、臨機応変とか、個々に対応とか……天上には、それぐらい細かく動いて頂かんと困る。お役目怠慢たいまんじゃ。けっ」

「あーさん、そうは言うが、世にどれだけの獅子狛がいると思う、神社の数ほどだ。それら一つひとつを見つけて裁けぬから、大きな道理や決まり事で裁くのだろう」

 吽形に穏やかに諭され、阿形はむっと返した。

「うーさんはどっちの味方だ、わしらか、天上か!」

「それは、半身と伴侶の一番の味方ではあるが。わしらを此処ここに置いてくれ、互いを巡り合わせてくれたのも天上な訳であって……」

 阿形がかみつく。

「正論を言うなっ」

持論じろんだ」

 吽形が珍しく早い切り返しをした。翡翠が狛犬の顔を仰ぎ、阿形がひょいと片眉を上げる。

「おっと、吽形もようやく口喧嘩を覚えたか」

 吽形は、阿形の問い詰める口調を聞きながら、こちらを仰ぐ娘の目に『愉快ゆかい』の色を認め、少し居心地悪そうに弁解した。

「口喧嘩をするつもりはない。ただ、阿形と旦那様、それに翡翠。これだけの口達者に毎日、相手にされ続ければ、不得手毎ふえてごともそれなりに覚えてしまうものだ。……わしの拙い身の丈に合わせてくれたのは、未蛇みへび様だけだったな」

 吽形が未蛇との会話を思い出し、少しだけ寂しそうに笑った。神獣の口では、もう『あるじ』と呼べなくなっていた。
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