上 下
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仕舞い1

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◇◇◇◇


「さてと」
「さてと、じゃ」

 社へと上がる、三段上がりに腰かけ、旦那様の手当てをし終えた、人姿の吽形が立ち上がった。
 次いで、翡翠と白うさぎの寝椅子になっていた獅子姿の阿形も、するりと立ち上がる。

 吽形が、手当ての為に替わっていた人姿から、狛犬の姿へととんぼ返りを打つと、二対の神獣がそろった。
 獅子と狛犬が共に社前へと出て、辺りを見た。
 青い狛犬がたてがみを振るう。

「夜が明ける前に、残った穢れも、漂う邪気も、全て祓い退けるぞ。人と神の場は何よりの神域、このままではいけない」

 赤い獅子がふさふさの尻尾をぱっぱと払う。

「おう。正直、どっから前足をつけるか悩むほどだが……小山ごと清めてやろう。わしは出来る、わしなら出来る、わしらならば難なくこなせる」

 そう言った阿形が足元を見て、抉られた地面と砕けた石畳を、前足でちょいちょいと触った。

「おい旦那様、奉納か賽銭かこの場合定かではないが、有り余る財を、わしらの神社に喜捨きしゃしろ。壊れた物はすべて直せよ、すべてもと通りにしろよ。前より良くするな、前より悪くするな、いいか、もとの通りだからな」

 吽形が心配そうに社を振り返り、そこへと付け足す。

「旦那様、社の中も忘れてくれるな。割れた盃は同じ職人の物がいい、口当たりが大事なんだ」

 旦那様は宮大工と仕入れの最短の算段を頭の中で弾き、鷹揚に頷いた。

「鈴と鈴緒すずおはどうする、未完成な神の社にする為にもとから設えなかった……まぁ、いらないか。神無しどころか、牙なし、角なしの神社だ、別に困らないだろう」

「うっさい。一言多い、不愉快じゃ」

「口が減らぬなぁ」

 赤い獅子が先陣を切り跳んだ。渦潮の赤い巻き毛が、飛び駆けるほどに豊かに広がり、優雅な厄除け魔除けの赤色が、淀んだ空気を穏やかで優しいものへと、変えていく。
 そこへと青い狛犬も加わった。低く地を祓い、薙ぐように駆ける時、青海波の毛が、絶え間ない波間を見せる。勇ましい青がうねり轟き、汚れた地とそこに潜る水脈を、清らかで静かなものへと、戻していく。

 赤と青の影が境内を祓い清めると、そろって百石階段へと向かい駆け下った。
 二対の神獣が小山を駆け巡り、木々も土も水も、全てを癒し清めていく。それらと共に生きる、身を潜めていた者たちが、顔を上げ、目をやり、触覚しょっかくを震わせ、自分たちを守る獅子と狛犬を見上げた。

 小山全体が、深くかぐわしい息を吹き返した。

 最後に、阿形と吽形は百石階段を駆け上がり、仕上げとばかりに、境内の祓い清めを行う。

 そんな、主をなくしてもなお、神社を守る神獣達の勇壮な舞。赤い獅子と青い狛犬の舞を、翡翠の目が見ている。送った未蛇に変わり、すべてをその目に焼き付けようと、じっと神獣達の煌めく姿を見つめていた。

 やがて、社の正面、紅い鳥居の先に朝日の気配が訪れた。
 荒れた場は清涼な空気と、神域の力を取り戻し朝を迎え、神殺しの夜は仕舞しまいとなった。

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