141 / 147
仕舞い1
しおりを挟む◇◇◇◇
「さてと」
「さてと、じゃ」
社へと上がる、三段上がりに腰かけ、旦那様の手当てをし終えた、人姿の吽形が立ち上がった。
次いで、翡翠と白うさぎの寝椅子になっていた獅子姿の阿形も、するりと立ち上がる。
吽形が、手当ての為に替わっていた人姿から、狛犬の姿へととんぼ返りを打つと、二対の神獣がそろった。
獅子と狛犬が共に社前へと出て、辺りを見た。
青い狛犬がたてがみを振るう。
「夜が明ける前に、残った穢れも、漂う邪気も、全て祓い退けるぞ。人と神の場は何よりの神域、このままではいけない」
赤い獅子がふさふさの尻尾をぱっぱと払う。
「おう。正直、どっから前足をつけるか悩むほどだが……小山ごと清めてやろう。わしは出来る、わしなら出来る、わしらならば難なくこなせる」
そう言った阿形が足元を見て、抉られた地面と砕けた石畳を、前足でちょいちょいと触った。
「おい旦那様、奉納か賽銭かこの場合定かではないが、有り余る財を、わしらの神社に喜捨しろ。壊れた物はすべて直せよ、すべてもと通りにしろよ。前より良くするな、前より悪くするな、いいか、もとの通りだからな」
吽形が心配そうに社を振り返り、そこへと付け足す。
「旦那様、社の中も忘れてくれるな。割れた盃は同じ職人の物がいい、口当たりが大事なんだ」
旦那様は宮大工と仕入れの最短の算段を頭の中で弾き、鷹揚に頷いた。
「鈴と鈴緒はどうする、未完成な神の社にする為にもとから設えなかった……まぁ、いらないか。神無しどころか、牙なし、角なしの神社だ、別に困らないだろう」
「うっさい。一言多い、不愉快じゃ」
「口が減らぬなぁ」
赤い獅子が先陣を切り跳んだ。渦潮の赤い巻き毛が、飛び駆けるほどに豊かに広がり、優雅な厄除け魔除けの赤色が、淀んだ空気を穏やかで優しいものへと、変えていく。
そこへと青い狛犬も加わった。低く地を祓い、薙ぐように駆ける時、青海波の毛が、絶え間ない波間を見せる。勇ましい青がうねり轟き、汚れた地とそこに潜る水脈を、清らかで静かなものへと、戻していく。
赤と青の影が境内を祓い清めると、揃って百石階段へと向かい駆け下った。
二対の神獣が小山を駆け巡り、木々も土も水も、全てを癒し清めていく。それらと共に生きる、身を潜めていた者たちが、顔を上げ、目をやり、触覚を震わせ、自分たちを守る獅子と狛犬を見上げた。
小山全体が、深く香しい息を吹き返した。
最後に、阿形と吽形は百石階段を駆け上がり、仕上げとばかりに、境内の祓い清めを行う。
そんな、主をなくしてもなお、神社を守る神獣達の勇壮な舞。赤い獅子と青い狛犬の舞を、翡翠の目が見ている。送った未蛇に変わり、すべてをその目に焼き付けようと、じっと神獣達の煌めく姿を見つめていた。
やがて、社の正面、紅い鳥居の先に朝日の気配が訪れた。
荒れた場は清涼な空気と、神域の力を取り戻し朝を迎え、神殺しの夜は仕舞いとなった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。
一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。
騎士のお嬢は竜ビトの溺愛に戸惑う
yu-kie
恋愛
獅子の一族と兎の一族を引く娘は三つ子の一人。ルルは獅子の力を強く持つ娘だった。
王位を退位した祖母ルイヴと隣国のお茶会に呼ばれて…
竜人の国と獅子の国を繋ぐ可笑しくて不思議な恋物語。
半妖笹野屋永徳の嫁候補〜あやかし瓦版編集部へようこそ〜
春日あざみ
キャラ文芸
【第7回キャラ文芸大賞にて、奨励賞をいただきました! 応援ありがとうございました】
憧れの仕事で挫折をし、逃げるように実家に帰ってきた葵佐和子。ある日バスで偶然出会った老婦人「笹野屋富士子」に、「五十代、実家暮らしの物書き、結婚歴なし」だという彼女の息子との見合いを強引に約束させられてしまう。
約束の日、訪れた屋敷で待っていたのは、笹野屋永徳という和服の美丈夫だった。
見合いを断るも、家業で人を募集しているという永徳は、強引に佐和子をスカウトする。しかし、「職場見学」と称して案内された屋敷の奥で待っていたのは、あやかし向けのニュースサイト「あやかし瓦版オンライン」の編集部。
見合いは断ったというのに、「嫁候補」扱いをやめない永徳、個性豊かなあやかしたちに囲まれながら、あやかし瓦版の仕事を通して、佐和子は働く喜びを取り戻していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる