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夜の境内3
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阿形が二人の元へと、慰めに跳んだと同時に、吽形もまた翡翠の元へと四つ足を進めた。
青い狛犬が、娘へとそっと声を掛ける。
「ひすい」
翡翠は、いまだ鎌首の消えた膝の上を見つめ、ぼんやりとしている。
「翡翠」
「大丈夫だって」
翡翠は歩み寄って来た狛犬へと、ようやく顔を向けた。その目は翡翠色を湛え、夜の境内で、雨に濡れたようにひっそりと光っている。しかし、ぱちりと瞬いた後は、もとの黒目に戻っていた。
「吽形、未蛇は大丈夫だって言っていたよ。お前は大丈夫か」
「わしは大丈夫だ。神獣は心も体も丈夫だ。翡翠、ありがとう」
吽形は体を寄せ、狛犬の体で、座ったままの娘をぐるりと囲うと、背を預けられるように伏せた。そこへと娘が、流れるように狛犬へと寄り掛かり、体を預け寛ぐ。
吽形は肩にしな垂れた娘の顔を覗いた。
「お疲れのご様子だ」
「さすがにな」
翡翠は深く息を吐き、近くに寄った狛犬の顔を撫でてやる。そして、ふと言いだした。
「……狛犬の毛はさらさらだな。この水面の手触りは、ひんやりとした絹か紗のようだ。それにこの青が、なんとも心癒される。水に浮いているようで、気持ちが良い」
「…………そうか」
狛犬は変わらず、清涼な目で翡翠を見ている。
「……っ……ふ」
翡翠は思わずふき出した。
そして、ばたばたと振られる、騒がしい尾を掴み引き寄せて、胸に抱いた。
「吽形、その愛嬌は……卑怯だ」
そう、けらけらと笑いながらも、嬉しさが顔に出ない狛犬へと片手を伸ばし、獅子よりもぴんと高い耳を掻いてやる。次いで、首元に顔を埋め、何度も頬をすり寄せた。
狛犬は少し困ったように、しかし嬉しい事に変わりなく、ただ、愛しい娘にされるがままになった。
「阿形が、翡翠の前で獅子姿を通した理由は……こっちだな」
「狛犬愛い」
四つ足好きの娘が、ここぞとばかりに、疲れた心も体も狛犬の青い毛で癒されている。野暮猫に呼ばれるまでは、短くともふたりの時間であった。
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