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翡翠と狛犬1
しおりを挟む◇◇◇◇
「翡翠」
穏やかな声で呼ばれ、カワセミは緩く目を開けた。
石の台座を背に横になり眠っていた体。地を走った視線が、夜に浮かぶ社と、目の端に立つ白袴の裾を捕えた。
カワセミは一度目を閉じると、自分を呼んだ声音を胸の内で反芻し、身を起こした。
会いたかった者がようやく出迎えてくれた。
カワセミの両目が吽形を捕えた。
月明かりに白装束が青味を写し、青海波の髪が水を潜らせたように艶やかだ。清涼な目元が優し気にこちらを見ている。
寝起きの所為か甘味を含んだカワセミの目が、傍へと立つ吽形を見上げた。
「お出迎えが遅いんじゃないか、うんぎょう。私が帰ったら、いの一番に駆けてこい」
「すまなかった。お前の願いは出来るだけ叶えたい、以後、気をつけよう」
カワセミに遠回しに甘えられている事に気付かず、吽形はすまなそうに頭を下げた。そして、石像の獅子へと手を伸ばすと、その石の背へとぺたりと手を着ける。
その動きを目で追ったカワセミは、はっとして自分の腕へと目を走らせた。そこには、抱きかかえ共に眠っていた阿形の姿はない。
「……あぎょうは」
「大丈夫だ、カワセミ。阿形は里帰りするほどに、元気になっている」
吽形は、泣きそうな声を安心させる為に、その場に片膝をつくと、石の台座に寄り掛かったカワセミへと手を伸ばした。大きな手が黒髪を優しくなでる。
「ありがとう、カワセミ。心から礼を言う。お前のおかげで、阿形もわしも救われた」
「……そうか。私は阿形と吽形を救ったか」
そう呟くカワセミ。その顔は深く思案気だ。
娘の髪をそっと撫でていた手が、ふいに、その黒髪の柔らかさに気が付いたようだ。ついっと束にして掴んでは、指に絡ませ戯れはじめる。
カワセミはしばらくの間、じっとされるがままになっていたが、そのうち髪を遊ばれたままにして下を向いた。
「……すべて一人でやった訳じゃない、仲間が助けてくれた。こんな私でも、助けてくれる仲間がいる。こんな私でも、待っていてくれた者達がいる。こんな私でも、神獣を助けられる。だから、もう前科者だと、道理に合わないと身を落とすのはやめる。――やりなおそう、やり直しがきくのなら。つみなおそう、罪は消えぬが治したい。……そうしたい理由が出来たんだ」
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