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赤い獅子3
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鞠の目が美しい虹彩を取り戻し、目前の親方を見つめる。
しわの刻まれた厳しい顔が、ふと、笑った。
「大丈夫だ。二対でいれば何も怖くない。お前たちは、このわしが造った力作だ」
「……」
親方は少し下がると、二対一体の石像を眺め満足そうに深く頷いた。そして背を向け、百石階段へと足を進める。階段へと足をかけるまえに、くぐった紅い鳥居越しに、社へと一礼をした。
望むところ全てをやり終えた親方が、暗い足元を月明かりで捌き、百石階段を下りて行った。
阿形は、磨き上げられた石像からするりと抜け出すと、大虎ほどの身を、軽々と跳ねさせて台座から降りた。
赤く渦巻く豊かな巻き毛が、波打つ四肢に合わせて流れるように動く。裂けた口も、頬の傷もきれいにふさがり、傷一つない美しい獅子は、歪みない鞠の目を輝かせて、百石階段の下を覗いた。
親方が神社の敷地を出て行く所だった。
阿形はふさふさの尻尾を一振り薙ぐと、社を振り返った。
社は静寂を守っている。
阿形は左前足を軽く上げ一寸考えた後に、そのまま百石階段へと飛込んだ。
たたんったたん
密やかに柔らかい足音をたて、山の頂を下るように、赤い獅子が百石階段を駆けた。
神社の敷地が終わる石畳、その前をよぎるあぜ道は、月に洗われ、白く長くどこまでも続いているように見える。道の両には、海に沈んだように、瑞々しく艶やかな青田が広がっている。
阿形が首を巡らせれば、少し先に親方の背が見えた。
「……」
前足を敷地の外へと伸ばそうとする獅子、しかし、地に着ける前にそれをすぐに戻してしまう。
もどかしそうに首を伸ばしては、遠ざかる親方の背を見つめ、またも前足を出そうとする。
何度繰り返しても、神社の敷地から出られない阿形。
神獣の前足が、どうしても守るべき場所から、踏み出ることを許してくれない。
「……っ」
それでも阿形はあきらめきれない。夏風が、懐かしい石屑の匂いを微かに運んでくる。
阿形は前足をおろし、小さくなった親方の背をじっと見つめると、後ずさり、身を低くかまえ、意を決したように四肢を跳ねさせた。
赤い影が宙に躍る。
「許す」
社の中で、紅い目の神様が呟いた。
たたんっ
主に許され、神社に縛られた神獣が、その敷地から抜け出した。
獅子の柔らかく力強い前足が、神社に面する道へと着く。
阿形がそのままの勢いで走り出せば、夜の青田を、赤い獅子が作り出す一陣の風が薙ぎ揺らしていく。
しわの刻まれた厳しい顔が、ふと、笑った。
「大丈夫だ。二対でいれば何も怖くない。お前たちは、このわしが造った力作だ」
「……」
親方は少し下がると、二対一体の石像を眺め満足そうに深く頷いた。そして背を向け、百石階段へと足を進める。階段へと足をかけるまえに、くぐった紅い鳥居越しに、社へと一礼をした。
望むところ全てをやり終えた親方が、暗い足元を月明かりで捌き、百石階段を下りて行った。
阿形は、磨き上げられた石像からするりと抜け出すと、大虎ほどの身を、軽々と跳ねさせて台座から降りた。
赤く渦巻く豊かな巻き毛が、波打つ四肢に合わせて流れるように動く。裂けた口も、頬の傷もきれいにふさがり、傷一つない美しい獅子は、歪みない鞠の目を輝かせて、百石階段の下を覗いた。
親方が神社の敷地を出て行く所だった。
阿形はふさふさの尻尾を一振り薙ぐと、社を振り返った。
社は静寂を守っている。
阿形は左前足を軽く上げ一寸考えた後に、そのまま百石階段へと飛込んだ。
たたんったたん
密やかに柔らかい足音をたて、山の頂を下るように、赤い獅子が百石階段を駆けた。
神社の敷地が終わる石畳、その前をよぎるあぜ道は、月に洗われ、白く長くどこまでも続いているように見える。道の両には、海に沈んだように、瑞々しく艶やかな青田が広がっている。
阿形が首を巡らせれば、少し先に親方の背が見えた。
「……」
前足を敷地の外へと伸ばそうとする獅子、しかし、地に着ける前にそれをすぐに戻してしまう。
もどかしそうに首を伸ばしては、遠ざかる親方の背を見つめ、またも前足を出そうとする。
何度繰り返しても、神社の敷地から出られない阿形。
神獣の前足が、どうしても守るべき場所から、踏み出ることを許してくれない。
「……っ」
それでも阿形はあきらめきれない。夏風が、懐かしい石屑の匂いを微かに運んでくる。
阿形は前足をおろし、小さくなった親方の背をじっと見つめると、後ずさり、身を低くかまえ、意を決したように四肢を跳ねさせた。
赤い影が宙に躍る。
「許す」
社の中で、紅い目の神様が呟いた。
たたんっ
主に許され、神社に縛られた神獣が、その敷地から抜け出した。
獅子の柔らかく力強い前足が、神社に面する道へと着く。
阿形がそのままの勢いで走り出せば、夜の青田を、赤い獅子が作り出す一陣の風が薙ぎ揺らしていく。
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