上 下
31 / 147

けがれ3

しおりを挟む
◇◇◇◇

 阿形あぎょうは追い詰められていた。
 荒れる神、白い大蛇から逃げ回り続けるには、小山に造られた境内は手狭だった。
 しかし、下にいる吽形とカワセミを思えば、小山を駆け下る事も百石階段を駆け降りる事もできない。そもそも、神社の聖域から出ることができるのか、試したことが無かった。
 いまは白い大蛇に追い詰められ、社を背に賽銭箱を挟んで睨み合っていた。

「主、お戯れはもう終いにして頂けませんか?」

 返される言葉はない。ただ紅い目が喰らい付く隙を狙っているばかりだ。
 阿形は獅子の体をぺたりと社の観音開きの扉に寄せ、ぐるぐると考えた。もっと上手く逃げ回るつもりでいたのに、追われるまま社に向かってしまい、逃げ道を無くした。いまさら上に跳ぼうにも、社の破風が邪魔をする。八方ふさがりだ。
 繰り返す浅い呼吸と、ぴりぴりと逆立つ毛。火を当てられたように熱く痛む、裂けた傷口。

(獲物のわしは、うまい具合に追い込まれ、弱らされたと言う事か……)

 先程まで、白い大蛇の鋭い顎と鞭のようにしなる尾で、右へ左へと追われた。その一つ一つを避けるために、跳び駆け、尾を潜ったせいで、息はほとほと上がってしまった。

(主の生前の身はシマヘビ。生き抜くために狩りを行っている、それこそ、自分の身を守るため……そりゃ、わしのような石像の獅子ごときは、たやすく捕えられるわけだ)

 ぽつりと湧き思ったのは、自身を貶める言葉。獅子の胸にぽかりと虚空の粒が現れた。

『石像の獅子ごとき』

 その胸に浮かんだ言葉と思いが、石工の親方が生涯を捧げ、積み重ねた技と縁起を穢していく。自身を疑った阿形自身によって、神獣の身が穢されていく。どんな時でも、あらがい守り抜いたモノがくすみ、輝きを失った。

 吽形をかばい、彼の過ちと認めない為に決して下げなかった頭。
 
 頬を裂かれるとき、理不尽と痛みを叫び、罵る事を留め押さえた喉。
 
 日頃から、神社に参る人々の願いを聞き届け、神格を上げていれば難なく防げたはずの、カワセミを囲み殴る男達の悪心。その事を、貴方のせいだ、とそしらずにいた胸の内。
 
 神獣のお役目に沿い、人に寄り添ったことを不必要に責められ、まるで使い勝手の悪い道具のように、鞠の目を言われた時、直ぐに届く喉笛に噛み付かなかった二本の牙。
 
 熟練の石工の手で丹精を込め造られた石像に、宿った魂と、獅子の精神。そして、人に招かれ空から降りた本体。
 
 
 その全てが、たった一つの本音。胸に浮いた一度の言葉でけがれてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

乙女は白銀獅子の溺愛に戸惑う

yu-kie
恋愛
辺境の地、魔獣が多く生息する領地。領主の娘は産まれながらに魔獣に愛される能力を持つ娘でした。魔獣討伐にやって来た獅子族の騎士に立ち向かう娘はやがて惹かれ合い恋に落ちるのでした。

あやかしの花嫁になることが、私の運命だったようです

珠宮さくら
キャラ文芸
あやかしの花嫁になるのは、双子の妹の陽芽子だと本人も周りも思っていた。 だが、実際に選ばれることになったのが、姉の日菜子の方になるとは本人も思っていなかった。 全10話。

真実のひとつ

はやしかわともえ
キャラ文芸
「あなたのお姫様になりたい」のスピンオフ的作品。 葵の妹、朱里が主人公。 一津と一緒に何故かドタバタに巻き込まれてしまう。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...