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教えて教わる4
しおりを挟む「先に地に背をつけた方が負けな」
「承知」
二人が再び距離を開け、どちらから仕掛けるかと探り合った時、吽形の耳が聞きなれない音を拾った。
「……なぁ、ちと上に」
小山を仰ぐとき、一寸だけカワセミから目を離す吽形。
そこへと、カワセミが無言のうちに懐へと飛込んだ。
背丈のある吽形の下から、足バネの勢いで、立あげた右肘を見上げる顎下へと向かわせた。が、吽形はカワセミの胴へと片腕を回すと、跳び上がった軽い体を、そのまま肩へと担ぎ上げてしまった。
「背丈の差を考えろ。懐に飛び込んで勝算があるのは、力で押せる程になってからにしろ」
「……言っておくが、私はそこら辺の野郎より立端はある。それに……」
「それに?」
肩に担がれたカワセミが思わせぶりに語尾を緩めれば、単純な吽形はカワセミの意のままに聞き返した。
肩に担いだ娘の顔へと、首を捻る吽形。その首へとカワセミが腕を巻き付け、反対へと思い切り振った。
「痛っ」
ついでカワセミは、頭を重心に吽形の背へと抜け逃げた、もちろん首は掴んだままだ。
「狛犬、打ちとった」
痛みの眩暈と、カワセミの体重と共に引かれる力、不意に体の均等を失った吽形が、どさりと倒れ、土に背をつけた。
吽形の背中越しに、地に足をつけたカワセミはぴょんと横に跳ぶと、倒れた吽形の顔をしゃがみ覗き込んだ。
「お前の負け」
「こらっ、カワセミ。いまの絶対に人にやってくれるなよ……下手すると死ぬぞ!」
「上手くやれば死なん。さて、聞こうか色男。大男の背を地につけた、女は……」
「……強いなぁ、たしかに」
吽形は痛む首を押さえ、上半身を起こすと、やっぱり小山の上を仰いだ。
上の様子が気になるようだ。
この二度目は、カワセミも大人しく吽形の視線を辿り、社がある上を頬杖をつき見る。
「負けたついでに、休憩だ。阿形の様子を見て来る」
そう言い立ち上る吽形。
「私も行く。なんだかんだで、一度もここの神に手を合わせていない。流石に礼儀に欠けるな」
吽形は、神社に参る人々をちらりとも見ずに、背を向けるミヘビを思い出した。
「……まぁ、うちの神様は余所と違うからな。人に手を合わせられ喜んでくだされば、わしらも嬉しいのだがなぁ」
「またかよ」
そう言われ、しゃがんだままのカワセミを見れば、下からギロリと睨まれた。
思いがけず身が竦む。板についている、気の荒さを表す仕草。
カワセミは強い口調で続けた。
「余所と違って何が悪い。型にはめるな。参られるのが嫌いな神さんなんだろ。……知らずの相手にごちゃごちゃと願いを告げられてみろ。自分の願いを叶えてくれる訳でもないのに、何故、こっちがご奉仕しなくてはいけない? 私だったら腹が立って仕方がない。考えただけでむかつく」
「……」
白蛇が祀られた際の事情も、ひびの入った主従関係も、何も知らないカワセミ。そのカワセミの素直な言い分が、吽形の頭と心を混乱させる。
(神とは……祀られるとは……信仰とは……、皆、人のため。人の願いを叶えるため。神とは)
当たり前の世の道理を、「型にはめるな」と言われてしまうと――。
「おいこら、なんとか言え」
「すまん。言葉を忘れていた」
吽形はぐるぐると考えながら、「喧嘩売ってんのか」と睨んで来るカワセミの頭を撫で、さらに、その手に噛み突く口から逃げて言った。
「カワセミありがとう、お前は本当に……いや、何でもない。とりあえず、お前はここで休んでいろ。ほとほと疲れただろう、よく頑張った。上にはわしだけで行く」
威勢は良いが、先程からしゃがみ込んだまま立ち上がらないカワセミに、吽形が言った。
カワセミはしゃがんでいた体をぺたりと地に着け、足を投げ出した。
「寝椅子が無い、その絽の羽織を置いていけ」
「是非にだが、その口調は追剥か」
吽形は軽口をたたき、白い絽の羽織を脱ぎそれでカワセミを包んでやった。
カワセミは羽織の前を合わせながら、手近な木の根へと向かい座ると、幹へと背を預けながら、吽形の軽口にだるそうに言い返した。
「追剥か、あれは待ち時間が惜しいから二回でやめた。一番物が盗れるのは、散歩がてらにカチコミに参加する事だ。どさくさに紛れて盗り放題」
吽形は斜面を登る足を、ぴたりと止めた。
この娘は今まで一体何をしでかして来たんだと、恐る恐る振り向けば、木に寄り掛かり、くてりと眠る、美しい娘の姿。
黒く長い髪の一房が柔らかい頬へとかかり、木漏れ日に色づく薄い瞼に整った鼻梁。花の顔が白い絽の羽織に映え、天女のようだ。
『惚れた弱み』、そう阿形に言われ、身をもって学んだ、恋心。慈しむ気持ちも相まって、吽形の目に堪らなく愛おしく映る娘。
「……寝顔を盗む男は嫌いだ。早くいけ」
「っすまん」
瞼を閉じたままのカワセミに野次られ、吽形は頭を振り斜面を上がった。
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