26 / 147
教えて教わる2
しおりを挟む「では、とりあえずの確認だ」
吽形はそう言うと、まじまじとカワセミを見た。
今までとは違い、不躾とも言えるほどじっくりとカワセミを見る。
「立端もあり、手足もよく伸びている。動きも歩きも素直だ。気の持ち方から多少の場数も経験ありだな。頑丈なのはもう、承知の事」
混じる褒め具合に、カワセミは当然だとばかりに腕を組んだ。
「好みで言えば……仕掛ける相手に下から睨みつけるのは、そのまま下っ端がする事」
「てめぇっ」
下っ端などと言われ、娘が鋭く怒鳴る。
そんな言葉の切り返しの速さ、威勢の良さも、喧嘩慣れを知らず示していた。
「怒らず思い出してみろ。お前が知る強い奴らは、威圧がてらに下から睨みつけるか?」
吽形に言われて、カワセミは商町でつるんでいたはぐれ者達を思い出した。
見よう見まねで覚えた喧嘩の売り方は、たしかに自分を含め下っ端連中、それも気の短さばかり競う者がやっている仕草だ。
親分だ、兄貴だと言われるものは胸を張り、ただぎろりと、正面から相手を見据え、見栄を切っていたはずだ。
「……」
「獅子の世界でも、先に上に構えた方が有利だぞ」
阿形の口出しに、二人はどうしても猫の喧嘩しか思い浮かばない。そして、猫の喧嘩は必ず仲裁に入ってしまうカワセミ。
「あーさんも一緒に学んでおけよ」
阿形の祓いを思い出し、吽形がついでとばかりに声を掛けた。
阿形はよけいな気を引いたと、鼻に皺を寄せ、前足に顎を置いた。
「そうは言っても、吽形は私より背が高い。お前のような奴に仕掛ける時は、どうする」
「一度、知らずの内にお前がやっていたのだがな。顎を心持ち上げ、睨み構えていた。あれだけでいい、お前の目を持っていればそれで充分」
カワセミが言われたようにすると、吽形が唸った。
「ちと、絵になり過ぎるな。よくよく相手から距離を取っておけよ、変な気を起こされ、口でも吸われたらかなわん」
「めんどくせぇなぁ」
カワセミが言えば、阿形も同意を示し、尾で土を叩いた。
「うーさん、それはただの惚れた弱みだ。いつまでも惚けていると、狛犬の沽券にかかわるぞ」
「それは困る。カワセミ、次はその場で片足で跳んでくれ」
右足で跳ぶカワセミ。
「お前は右足が利き足だ、拳で踏み込む時と蹴り上げる足はこちらを使う。その為に左足を鍛えておけ、上半身に引きずられて暴れるのが一番疲れるうえに、無駄だ。逆に、上半身が暴れているやつは下半身が弱い。くるぶしへの足払いで簡単に崩れる」
吽形は屈むと、カワセミのくるぶしの上を軽く叩き示した。
「それと、あまり人には勧めたくないが、相手が得物を持ち、こちらの息を止めるつもりで来たならば、膝を反対に打ち、砕いてしまえ」
続いて着物の上からカワセミの膝を叩く。
それに阿形が頭を振り、落ち着きなく巻き毛を散らした。
この手の話が苦手のようで、腰の引けた声音が二人に届く。
「そんな事したら、そやつはどうやってその先を生きていく。膝を砕いて、どうやって。あぁ嫌だ。物騒だ。いたい」
吽形は阿形の様子に眉を下げると、屈んだまま、カワセミを見上げて言った。
「うちの獅子があぁ言う。急を要する以外は加減してやれ。喧嘩にも礼儀がある。同じ人間だ、不必要に痛めつけてはいけない。その先の生を邪険に扱ってはいけない。お前が強くなれば、その配慮ができる」
吽形はそう頼んだ後に、カワセミの足の甲を叩いた。
「代わりに足の甲がある。ここが案外もろい。細かな骨が沢山あるんだ、打てば足止めになるし膝ほどは後に響かない」
「案外もろいと言えば、人の耳もそうだな」
「ほぅ?」
カワセミが言えば、吽形が興味を持った。
「簡単に手で千切れるんだ。気の弱い奴は、それだけでやり返す気を無くす。しかも上手くやれば、気落ちするほどの血は出ん。少し千切ってやればいい」
「それいいな、少しならば直ぐにくっつくだろうし」
「あぁ、それと。元から耳が潰れている奴は武の心得がある者が多い。幼少の内からその道の奴もいる。ひょろっちい奴でも、その目印があると、大抵手こずるから気をつけろ」
「おう、覚えておく。簡単に相手の気を削ぐと言えば……」
そこで阿形が堪らず立ち上がった。
「わしは上に戻る。悪いなうーさん、学びたい気持ちはあるが、このままではどうにもこうにも、身から出た心労で穢れてしまう」
そう言い捨てるが早いか、阿形は斜面を駆け上がり行ってしまった。
心の乱れか、いつもの軽い跳び方とは違い、土塊を蹴散らし跳んでいく。
「阿形、休んでいろよ。お前とて本調子ではない」
阿形の赤いたてがみを見送り、吽形が声だけで追えば、阿形の退席を嘆くカワセミが続いた。
「悪い事をした。猫は争いごとが嫌いなんだな」
「その割には、駆けいる一番槍は必ず阿形なんだ」
吽形は気づかわしげに言うと、阿形の裂かれた頬と同じ左頬へと手を持って行った。
自分を庇い、主に裂かれた頬。カワセミを守るため、邪気元に飛び込み、穢れで裂かれた口。
どちらも傷自体はふさがっていなかった。
「あの傷はよくない。早くどうにかしなくてはなぁ」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる