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祀る2
しおりを挟むそれは右と左に分かれ、青と赤のたてがみを頂く、大きな虎ほどの身丈の二対一体の神獣だった。
見やって左に構えているのは、赤いたてがみに真珠の二本牙を持つ獅子。右に構えるのは、青いたてがみに黒曜石の一本角の狛犬。
神に仕え、神社を守る神獣がそこにいた。
「あれは美しい」
少年神は紅い目を細め笑うと、シマヘビの名残か、長くさき分れた舌をちろりと出した。
主の気配に、二対の神獣が顔を上げた。
少年神はにやりと笑うと、ひらりと手を振ってみせた。途端、つむじ風が起こり巫女の目に砂を散らす。舞っていた巫女は手にした鏡を滑らせ、石畳で割ってしまった。
神楽が止み、騒めく人間達。その喧騒の中、二対の神獣へと少年神の声が届いた。
「ミヘビ。今も後も、私にはその名しかない」
従うべき神、主の声に二対が頭をたれる。
「阿形、とお呼びください」
「吽形、とお呼びください」
「阿形、吽形、こいつらを何とかしろ」
早速に名を呼ばれ二対は顔をあげたが、指令にすぐには動けず、互いに顔を見合っている。
早く自身の神獣を動かしたかったミヘビは焦れた。
「とろいな、けものは。散らせ、散らせ。ほら、はやく」
焦れる主の声に、狛犬の吽形が四肢をあげた。
神事の再開を準備する、人間達の真ん中へと一跳びで降り、身を低く構えた。が、すぐに構えを解きミヘビを見る。
「主、この者達は邪気が無い。邪気が無い者は、わしには祓えませぬ」
「……私の命を奪った、この者達が邪気がない、と?」
「はい」
主の怒りをかった。
社の前に構えていたミヘビが、瞬きも終わらぬ一瞬で吽形の目の前へとやって来た。
紅い目が吽形の清涼な目を捕えると、白い細腕を伸ばし、青いたてがみを乱暴に掴んだ。
慌てて身を伏せる狛犬を、さらに地にのめらせようと上から力を加える。
「邪気がない? 喰らう為でなく生を奪っておいて、人の都合で耐えがたい器に落し入れ、得体の知れぬ土地に縛り付け……それでも、邪気がないと、お前は言うか」
ぎりぎりと地になすられるままの狛犬は、閉じた口を苦し気に結び耐えるばかり。
その時、狛犬のたてがみを千切らんばかりの少年神の手を、大きな手が抑えた。
「お怒りをお鎮めください」
そう言い手を押さえたのは、こぼれる渦潮の赤い長髪を持つ、背の高い若い男。神職の白装束を纏い、袴の色もまた白色。透ける様な絽の羽織には、赤い玉石を飾り付けてある。
若者は、目尻だけを下げたまるい目に、不思議な虹彩をたたえ、少年神を見下ろしていた。
ミヘビは抑えられた手を弾くと、嫌悪も露わに若者を睨みつけた。
「阿形、その醜い姿は何だ」
「人の姿に変りました。お気に召しませんか」
ミヘビが阿形に向き直ると、阿形は片膝を付き、今さらながらに主より頭を低くした。
「獅子の姿だけではなく、人姿も主にお披露目したく」
「気に入らぬ。人の姿は醜く、私の胸を悪くする」
神獣の獅子姿から、人の若者姿に変わった阿形。
そんな阿形の言葉を遮ると、ミヘビは片腕を上げ、膝をつき見上げて来る阿形の頬に爪を立てた。
そのまま、じりじりと爪を引けば血も流さずに阿形の頬が裂けていく。
阿形は表情も無く、主をただ見つめている。
「頭をたれよ」
「はい、いま」
しかし阿形はミヘビから視線を外さず、頭を垂れようとはしない。
阿形の鞠のような目に見据えられ、ミヘビもまた紅い目を注ぎ続けた。
今だ止まらない爪が、じりじりと阿形の頬を裂けすすめる。
「阿形、頭をたれよ」
「はい、主。いま」
そうは言うものの、互いに目を離さない。
蛇が獲物を締める速度で、裂かれ続ける頬。
二本牙が見える唇に、ミヘビの爪が届くその時、阿形の体が強く引かれ、後ろへと投げ飛ばされた。
阿形の体は易く宙を飛び、少し離れた鳥居辺りで鈍い音と共に落ちた。入れ替わりに、同じ白装束、白袴の若い男がミヘビの前へと出てきた。
羽織る絽の飾りは青色の玉石。
「半身が失礼しました。主の力ある目に捕らえられ、頭を下げ忘れたようです」
阿形を投げ飛ばし、間に入ったのは狛犬の吽形。しかし先程までの狛犬の姿ではなく、こちらも、人間の若者の姿を取っている。
青波の長髪に凛々しく釣った眉、形の良い額には黒曜石色を宿す一本角。
吽形は、笹の葉を思わせる清涼な目元を素早く伏せると、両手を着き、角を頂く額を石畳へとひたりと寄せた。
「どうぞお怒りをお鎮めください、主様。わしら務めて一寸も無い。躾も礼儀も、これからよくよく学び従います」
「……」
土下座で詫びる吽形の肩に、ミヘビの足が置かれた。
「お前は阿呆だな」
そう言い下すと、ミヘビは華奢な少年の身で吽形を蹴り飛ばした。
投げ飛ばされた阿形の傍へと、蹴り飛ばされた吽形が転がる。
ミヘビは、人の姿に変わってしまった二対の神獣を眺め、大きくため息をついた。
「もう美しくない。……いずれ手足をもいでやろう、そうすれば見栄えも戻ろう」
ミヘビはそう呟くと、神とその御使いの騒動も素知らぬ人間達を避け、代わりの巫女を立て再開した神事をしり目に、社の中へと向かって行った。
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