37 / 37
川西美和子の場合
川西美和子、異世界婚活終わります
しおりを挟むどことなく香ばしく感じるような、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
1mほどの背丈の棘のない茶色い薔薇が、艶やかに咲き誇った箱庭だった。
花壇の脇にはそれぞれ小さな川が流れており、中央で2m幅程の川に繋がっている。
入り口からは白い石が敷き詰められた通路が続き、箱庭を横断する川には白い橋が架かっている。
橋の向こう側に白い石の東屋が見えた。
ケイの姿は見えない。
私は通路を歩いて、橋を渡り、東屋の方へ向かう。
東屋の中には石造りのベンチがあって、柱と一体になっていた。
ケイは東屋の裏手にある日陰で茶色い薔薇を愛でていた。
今まで心配してきたことやご両親の前で啖呵を切ってきたことが馬鹿馬鹿しく思えて、ちょっと腹が立ってきた。
「ケイ」
ケイの体がビクッと震え、驚いた様子で振り向いた。
感情のままに、驚いた顔で固まっているケイに飛びついた。
座っていたケイは突然の衝撃を受け止めきれなかったようで、2人でそのまま倒れこむ。
「うわっ! ミワコ!? どうしてここに!?」
そんなことを言い出すものだから、もう頭に血が上ってしまって、そのままケイの頭の両側の地面に手を突き、所謂床ドンの姿勢のまま、目をそらさずに問い詰める。
「どうしてここに、じゃないよ!! 連絡とれないから、心配して探しに来たんでしょ! ケイの馬鹿! ハッキングって何! 追放って何! 何勝手に『あえ~る』辞めてるのよ!」
「ご、ごめ、実は」
「もう、全部、陛下やジンさん、仲人さんたちから聞いたよ!!」
「え、父さんに会ったの!?」
ケイはかなり焦っているようだ。
上から見ていると頬は赤いし、ワタワタしているのが良く分かる。
ちょっと可愛く思わないでもないが、今は許せないのでこのままだ。
「そうだよ! ご家族に会ってきた! 全然お話出来てないけど、認めてもらった」
「え? 何を?」
ケイはポカンとしてる。
何を? って……。
イラッとしたが、当初の目的を思い出すと、そんなことを言っている場合ではない。
ケイの長い前髪は私が押し倒したせいで、乱れて、いつもは隠れた紫の瞳が見えている。
ずっと見たかった紫の目を見て、私は話を続けた。
「――私、アキラに会ってきたよ」
ケイの顔が驚愕の色に染まった。
「そっか……おめでとう」
「は? おめでとう?」
私の顔にはきっと青筋が浮かんでいることだろう。
ケイが顔を真っ青にして口をパクパクさせて、「あ、えと、」とか「その、」とか言ってる。
「何がおめでとうなの? 私の気持ちも聞かずに逃げておめでとうですって? いい? 私はケイが好き!! 私があなたを幸せにしたいの! 一緒にケイの夢を叶えたいの!!!」
ケイの顔が真っ赤に染まる。
恥ずかしそうに私から視線を逸らすので、仕方なくケイの顎を固定する。
顔を近づけて、強制的に視線を合わせた。
「なっ! 僕の気持ちに答えてくれるの!? でも、ミワコ……僕何も持ってないよ? 王子の地位もないし、何もしてあげられない」
「はぁ……私が欲しいのはケイだよ!」
怒りの衝動で勝手に体が動く。
ケイの口を自分の口で強制的に塞いだ。
今までで一番間近で見るケイの綺麗な紫の目が大きく見開かれている。
ゆっくりと唇を離して、また視線を合わせた。
「ん……」
恥ずかし気に頬を染めたケイが吐息を漏らす。
「ケイ」
「ミワコ……」
「私のお婿さんになって?」
これ以上ない程、頬を染めたケイは、私の下で恥ずかしそうに視線をさまよわせた後、真っすぐ私を見て蚊の鳴くような声で言った。
「はい。ミワコのお婿さんになりたいです……」
私はケイと自分のアバターを脇へ置いて、女神モチーフのネックレスも手放した。
これで私が話せば、ケイには日本語で聞こえているはず。
『ケイ』
私はケイの目を見て、今心の中にある気持ちを全部伝えるつもりで精一杯笑う。
目や表情から言葉の意味が伝わればいい、そう思った。
『大好き』
私がそう言うとケイがぐっと体に力を込めたのが分かった。
ケイの上半身が起き上がって、私をギュッと抱きしめた。
『ありがとうミワコ。僕も愛してる』
ケイが私を見ている。
愛してるって言った? 私教えてないよ? まぁいいか。
近付くアメジスト色の中に、今のケイと同じような表情をした自分が見えた。
私達、同じ気持ちなんだね。
ケイの顔が近付く気配がして、私は目を閉じる。
ケイの吐息が唇に当たる。二度目の唇が触れ――
「はい、カァーット!!!!!」
***************************************
「お姉さま、かっこいい!!!!!」
「王子様みたい! すてきー!!!!」
「きゃー! 今のおねぇ様のお顔!! きゅんきゅんするわ!!!!!!」
「私もー!!!」
がやがやと賑わう王宮の大広間。
50mぐらいありそうな長いテーブルには、上座にハク陛下とテル様、ケイと私が座っていて、続いて、お妃さま方が座り、ケイの兄弟たちが座っている。
上座の対角には巨大スクリーンが掛けられており、先ほどの箱庭での一件が大画面でエンドレス投影されていた。
ご家族の皆さんは大歓声を上げながら、宴会を楽しんでいた。恥ずかしい……。
隣にいるケイも頬は染めているものの、ニコニコ嬉しそうだ。
結局あの後、時間を気にしたジンさんが割り込んできて、王宮へ戻ると、陛下やご家族が皆で事の一部始終を監視カメラで見ていたようだ。
あの時の私はなんてことをしてしまったのか……胃が痛い。
ケイは王族としての権利を失ったものの、エレクタラの一般人籍を残してもらうことになり流浪の民になることは免れた。
まだまだ問題は山積みだが、ケイと一緒なら乗り越えていけると思う。
ちらりとケイを見ると、目が合って甘やかに微笑まれる。
皆さんの目を盗みケイの耳元に顔を近付けてみた。
「ね……ケイ」
「どうしたの、ミワコ」
ケイの声から伝わる気持ちに胸の奥がじんわりと温まり、思わず笑みが零れる。慌てて隠すようにケイの肩口に顔を寄せ、照れをやり過ごすと、もう一度ケイの耳元に顔を近付けた。
「あのね……大好き!」
いたずらっぽくそう言ってすぐさま離れようとすると、ケイに肩を抱かれ引き寄せられる。
「僕も愛してる。……選んでくれてありがとう」
頬の赤らんだケイの顔が近づき、そのまま唇が重なった。
伝わる彼の体温に幸せを噛みしめる。そして、
「あー!!! ちゅうしてる!!!」
「カメラ班急ぎなさい!!」
周囲の喧騒に、どこか遠くで福音が聞こえたような気がした。
異世界対応型婚活システム―A YELL(あえ~る)―を使ってみたら
テストケース編 No.1 川西美和子の場合
― Fin ―
0
お気に入りに追加
36
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結お疲れ様でしたー!
面白かったです!
hibikimyou様
読んでいただきありがとうございます!!
面白いと言っていただけて嬉しいです!!!
狼騎士と異界のサクラ編も今週末からやりますので、是非読んでいただけると嬉しいです!!
恋愛ジャンルは苦手な方なのですが、楽しく読めました。
異世界人との婚活!凄い!気を付けないと生涯未婚確定というのはなかなか恐ろしいですが、デメリットもある方が読み手として楽しめます。
アキラとケイ、どちらも素敵な男性……!どちらか一人を選ばなければいけないのは何だか辛いですね。
これからどのような展開・結末を迎えるか、楽しみにしております。
園村マリノ様
すてきな感想ありがとうございます!
苦手な恋愛ジャンルにもかかわらず読んでいただき感激です。
楽しんでいただけて良かったです!!
川西美和子の物語は本日で完結いたしましたので、是非結末を楽しんでいただけると嬉しいです。
この作品はシリーズですので、今後もいろんな展開の物語が続きます。
それぞれ雰囲気も違う予定ですので、また覗いていただけると嬉しいです!!
本当にありがとうございました!!