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アッシュ・テイラー、着物を着る

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 顔に感じる暖かさと光の眩しさに目を開ける。
 眩しさの正体は太陽の光で、窓の外には快晴の空が広がっている。
 ぼんやりした頭で周囲を見渡すと、ここはソファの上で、昨日眠ってそのまま朝を迎えてしまったことを思いだした。
 窓のカーテンも閉め忘れたから眩しかったのか。
 時間を確認するとまだ出勤までは余裕がある。
 俺は勤務前にと急いで、サクラへの手紙を書くことにした。
 『あえ~る』専用便箋を最初にもらった巾着から取り出し、備え付けの作業机の前に座る。
 この便箋は片面が銀色で、もう片面が白だ。
 白い方には罫線が書かれており、手紙を書いて文字のやり取りができる、ただの便箋だ。
 しかし、銀色の方は特殊な技術で、映像を映し出す、または、音声を録音することが出来る。
 使い方は、鏡の様に自分の顔を映して、会員番号と自分の名前、宛先を告げてから伝えたい要件を話すと、それが映像や音声として保存される仕組みだ。
 どんな内容にするべきか。
 『サドウ』というものを見せてくれると言っていたので、次に会える予定を聞きたいのだが、サクラのことだし、あまりがっつくのも引かれそうだ。
 しばらく悩み続けて、ようやくペンと黒のインクを取り出す。

【サクラへ
 昨日はありがとう。『オハナミカイ』はとても楽しい時間だった。
『サドウ』を見せてくれると言っていただろう? 
 サクラがいいなら、今度、教えてくれないか?
 予定の空いている日を教えて欲しい。  アッシュ・テイラー】

 結局、辺り触りのない文章に落ち着いた。
 ペンを手放して、便箋の端を2度叩く。すると、便箋は勝手に浮き上がり、書かれた面を裏にして折りたたまれていき、銀色の紙鳥へと姿を変えた。
 そしてそのままどこかへ消えていった。これで送信が完了したことになる。
 勤務が終わるまでにサクラからの連絡は来るだろうか?
 そう思いながら俺は出勤準備を始めた。
 
*************************************

 その日の訓練後、俺は訓練終了と同時に、団長の制止も振り切って自室に帰っていた。
 紙鳥は自動的に転移し、『あえ~る』登録時にもらった巾着の中に勝手に送られてくるのだ。
 返事が来たことはネックレスを通して分かる仕組みになっている。
 今日は午後の訓練中に紙鳥が飛んできたことが分かったので、返信できないままでいる時間が長かったのだ。
 もう、内容が気になって気になって、訓練後に部屋へ直帰したというわけだ。
 帰ってすぐに、巾着の中の紙鳥を探す。
 サクラからの初めての連絡。
 どんな内容なのだろうか?
 よく分からない緊張を感じながら、急いで手紙を開く。

【アッシュさんへ
 連絡ありがとうございました。
 お花見は私も楽しかったです。アッシュさんといろんなお話が出来て良かったです。
 料理がお口に合ってよかった……。機会があればまた作りますね!
 茶道のことですが、紬ちゃんが和室を貸してくれることになりました。
 今度の土曜日はどうでしょうか? お返事お待ちしています  サクラ】

「……今度の土曜。お返事お待ちしています……っしゃあ!!!」

 思わず雄叫びのような歓声がもれ、拳を振り上げる。
 尻尾もぶんぶん振れているのが自分でも分かった。
 今度の土曜日は予定もないし、何よりサクラがちゃんと動いてくれたことが嬉しい。
 サクラは俺と話すときに、困った顔をするので、あれこれと理由を付けて断られるかと思っていたので、そうでなくてホッとした。
 自分の言ったことを実行し、苦手であっても友達になると言ったからには、前向きに接してくれる。
 サクラは優しいな。胸の奥がキュンと疼いた気がした。

*************************************

 そして、約束の土曜日がやってきた。
 この1週間はとても長かった。
 ふとした時に約束を思い出しては、笑みをこぼしていたので、マークやアルトには冷やかされたし、マーチには絶対零度のような冷たい目を向けられたが、そんなことはどうだっていい!
 今日こそはサクラを惚れさせるのだ!
 改めて気合を入れて、俺は『ニホン』へと転移する。
 いつものように、『クラ』から出て、ツムギの家の前に向かう。
 そこにいたのは、サクラでもツムギでもなくワタルと、パーティーの日に受付をしていた紫の髪の男だった。
 ワタルはツムギの兄で世界政府の職員だ。色素の薄い茶色の髪と垂れ目がとても印象的なイケメンである。
 こちらに気付いたワタルが会釈した。

「アッシュさん、転移ご苦労様です」

「ああ。……サクラはまだか?」

「それがですね。今日は茶道を見るということなので、折角だから、日本の民族衣装である着物を着て頂きたいなと思いまして。アッシュさんの着付けは僕とケイくんでやりますね」

「まかせて」

 そう言って紫の男はふわりと笑った。どうやら彼は、ケイというらしい。どこかで聞いたような名だ。
 髪と似た紫の宝石のような瞳、甘めの中性的な顔で、少しはかなげな雰囲気のあるイケメンだ。後は、男にいうのもどうかと思うが、笑顔が可愛い。
 
「良く分からないが、よろしく頼む」

「うん」

「サクラさんは、紬とケイくんの奥さんが、着付けてくれていますのでご心配なく。では、部屋に入りましょうか」

 促されるまま、入り口で靴を脱いで、家の中へ入る。
 案内された部屋は打ち合わせの際に見せてもらった部屋だった。
 壁には濃紺の布が掛けられている。一見無地に見えるが、小さな薄い紺の丸が連なり、うっすらと模様として入っているようだ。
 『タタミ』の上にはいろんな道具が置かれており、道具のない一定の場所が開けられて、大きな前進姿見がある。

「まず、服を脱いでください。」

 言われるままに姿見の前で服を脱ぐ。
 そして渡されるままに、白い布を羽織り、布紐で締め上げられる。

「次はこれに手を通して」

 壁にかかっていた布をケイが下ろしてきて、後ろから肩にかけてくれる。
 俺は布の中で腕を動かして穴を探す。
 あった。そこから手を出そうとするとケイがあ、と言った。

「そっちじゃなくて、ここ」

「ここか?」

 何とか正しい所から手を出すと、後は2人にお任せだ。
 全身鏡に映る自分がどんどん着付けられていく。
 長い帯を体に巻き付けられては引っ張られる。
 ワタルが最後の帯の結び目を調整して、手を離した。

「はい。出来ましたよ」

「うん。似合ってる」

 全身鏡を見ると、濃紺の『キモノ』をしっかり着こなした俺がいる。
 自分で言うのもなんだが初めて着た異世界の服とは思えないほど似合っていると思う。
 帯は黒、羽織はグレーで全体的に落ち着いた色合いだが、『キモノ』同様、一見無地に見える生地に、小さな模様がちりばめられている職人技は素晴らしいと思う。
 着心地も良く暖かい。とても気に入った。

「さてと、それじゃお茶室に行きましょう」

 俺は見知らぬものにワクワクしながら、渉の後について行った。
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