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アッシュ・テイラー、恋煩う

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『オハナミカイ』を終えて寮の談話室へ戻った俺たちを、目ざとく見つけたマークが、ニヤニヤしながら寄ってきた。

「よぉ! 2人ともどうだったんだ?」

「ふふふ。とてもいい時間を過ごせたよ」

 アルトは普段通りの落ち着いた様子でマークにそう返す。

「アルトがそう言うと、なんか意味深だな……」

「ん? なんかあったのか?」

「ううん。何でもないよ。ちょっとヴァーミラが可愛かっただけ」

「そーかよ」

 二手に分かれてからのことは知らないが、合流時のヴァーミラが、彼女の髪よりも真っ赤に染まって俯いていたことを思い出すと、アルトはガンガン攻めたに違いない。
 料理は野菜しか食べないくせに、女には迫りまくるという。
 恐るべし、肉食系エルフ。
 マークも何となく理解したのか、アルトへの追及を止めて俺に話を振り始めた。

「アッシュは? 連絡できるようになったのか?」

「ああ。少し話して、サクラの苦手意識は減ってきたと思う」

「ほー。それだけか? キスぐらいしてきたのか?」

 にやにやとした顔が腹立たしい。

「……友達になった」

「ブッ! ともだちだぁ~? あっははははは!!!!!! ありえねぇ!! アッシュが!!!」

「ふっく、く……ごめ、我慢できな、ふっ、ははははは!!!!」

「お! なんだなんだ? アッシュが女とお友達だって!! ぎゃははは!!!!」

「ありえねぇ! いつもの女癖どこ行ったんだよ!!!」

 近くでカードゲームに興じていた同僚たちまで混ざって好き放題言いやがる。

「随分にぎやかだけど、何の騒ぎ?」

 談話室の入り口から、訓練着姿の長い黒髪の猫人族がこちらを覗いていた。
 プラム・マーチ、俺たちの同僚である女性隊員である。
 吊り上がったグリーンのキャッツアイに整った顔、気品漂う佇まいとスラっとした長い肢体にぴょこぴょこ動く猫耳と尻尾。
 このグラドシア連合兵団でも随一と謳われる美女でありマドンナ的存在だ。

「やあ、マーチ。アッシュが、『あえ~る』で出逢った異世界人と友達になったらしくて、皆でその話をしてたんだ。」

「いつものテイラーでは考えられない速度での進展だろ!?」

「ふ~ん……そうなの」

 マーチはこちらへ歩み寄り、無言で俺の前に立つ。
 こちらを観察するような猫目で見られて居心地が悪い。

「……なんだよ!?」

「別に? ただ、珍しいなぁと思って。何? 本気で惚れたの?」

 マーチは感情の読み取れない真顔で、淡々と聞いてくる。

「はぁ……そんなわけないだろ?」

「あそ……」

 マーチは自分で聞いたくせに、興味なさげにそっぽを向く。
 これはこれで、腹立つな。
 そう思っていた時、アルトが思いがけないことを口にした。

「そう言えば、マーチってちょっとサクラに似てない? 黒髪だし。雰囲気とか! そう思わない?」

出口へ歩き出そうとしていたマーチが立ち止まる。

「あーそう言われてみれば……」

 マークがやる気なさげに同意する。
 は、ふざけんな。一緒にするな。

「何言ってんだ。全然違うだろ! サクラは、もっと、こう…………だぁ~!! もう、うるせぇ!!! 部屋に戻るから声かけんな!!」

 サクラに初めての手紙を書かなければならない。
 俺は後ろで大笑いする奴らと立ち止まったままのマーチを置いて部屋へ戻った。

  ——ボフンッ!

 ドアを閉めてすぐ、ソファに倒れこむ。
 俺の全体重を受け入れたソファはギギッと変な音を立てた。
 さっき散々からかわれた疲れで、今すぐ何かをする気が起きない。
 あいつら、好き放題言いやがって! 
 けれど、今までの自分の行動を思うと言い返せない。
 最後にアルトが言った言葉が蘇る。
 サクラとマーチが似てる、か。
 俺に言わせれば全然似てない、そう思って、今日のサクラを思い浮かべた。
 黒髪はサクラの方が濡れた様に艶やかだ。顔だって全然違う。サクラは凛としていて姿勢が綺麗だ。猫背のマーチとは違う。
 俺に笑いかけてくれる笑顔も声も甘い匂いも全然違う。
 きっと、柔らかさも……。
 触れたことのないサクラの感触を想像するだけで、いたたまれないような何とも言えない感情が沸き上がる。
 これだけでもう寝られなくなりそうだ。
 慌てて別のことを考えようとするも、思い浮かぶのはサクラの笑顔ばかり。
 あぁ。サクラは今頃何をしているんだろう?
 もう、寝ているだろうか? ちゃんといい夢が見られているのだろうか?
 今日が楽しかったと早くサクラに手紙を送らなければ……。
 一体どれぐらいの時間をサクラのことばかり考えて過ごしたのだろう。
 暫くして俺は急激に疲れを感じ、脱力感に任せてそのまま意識を手放した。
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