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アッシュ・テイラー、お花見する①

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『オハナミカイ』とやらの招待状が届いて2日後の当日。
 婚活パーティーの日と同じく、倉庫、この国では『クラ』と呼ばれるらしいが、その『クラ』に到着する。
 今日はマークやうちの国の仲人は来ていないので、アルトと俺だけだ。
 俺たちは『クラ』を出て、先日紹介されたワタラセの家の方へ向かう。
 家の前にはツムギとサクラ、ヴァーミラがすでに来ており、サクラとツムギは大きなかごを持っている。

「あぁ、アルトさんとアッシュさんが来ましたね! 今日はこの神社の近くにある絶景スポットにご案内しますね!」

 サクラの隣に立ち、挨拶をしてから、まじまじとサクラの格好を見た。
 今日は薄いクリーム色のワンピースにダークブラウンのカーディガンを羽織っている。
 女の子を落とすには、見た目をほめるべし。

「可愛いな」

「え?」

 サクラはキョトンとした顔で俺を見ている。

「サクラ、ワンピース可愛いな。似合ってるよ」

「あっ、ありがとうございます。流石イケメン……言動もスマートですね」

 何故かサクラに苦笑された。
 まずい。イケメンゆえの行動だと思われ、逆効果だったようだ。

「それ、貸して」

 俺は挽回すべく、さり気なくサクラの手からかごを奪う。

「あ……アッシュさん、ありがとうございます」

 サクラはにこっと笑って礼を言った。

「べつに……女の子に重いもの持たすの嫌だから」

 今度は何故か照れくさくなって、サクラの視線から逃れるように、明後日の方を向く。
 ちなみに、ツムギの荷物はアルトが持っている。
 ツムギの家である、『ワタラセジンジャ』はいくつかの小高い丘が連なったうちの1つにあるようだ。
 神社の裏手を暫く進むと、木々の間に白い紙と紐がぶら下がったところが現れ、それを越えてさらに進むと次の丘が見えてくる。
 そうして5分ほど歩いたところに、ここは天国かといわんばかりの絶景が広がっていた。
 あたりは一面、ピンク色の花が咲き誇り、風が吹けばひらひらと可憐な花弁が舞い踊る。
 木々によって、淡いもの、濃いもの、白っぽいものなど、ピンクの中にもさまざまな色があり、それがまた美しい。
 ピンク色の小さな花たちは、それぞれが5枚ほどの花弁で出来ているようで、散る時は花弁が1枚ずつ風にさらわれていく。
 何とも言えず儚く、美しい花だ。
 そして、俺はこの花に、既視感を覚えた。
 我がテイラー家に代々伝わる宝、花嫁の髪飾りきふじんのあかしのモチーフとなった花によく似ている。

「この花は何ていうんだ?」

 俺は隣を歩いていたサクラに声をかける。サクラの髪にピンクの花弁がふわりと乗った。

「私の名前と同じ、桜という花ですよ。この国では昔から愛されている花です」

「……そうか。『サクラ』というのか。綺麗だな」

 ふと、あの髪飾りを付けたサクラが思い浮かんで、思わず首を横に振る。

「気に入っていただけてよかったです」

 俺の胸中などいざ知らず、サクラはふわりと、とてもうれしそうに笑った。
 一瞬、胸がズキッと燻るように痛む。
 今のはいったい何だ?
 胸の痛みはすぐに治まった。
 俺たちは一番大きい木の真下に敷物を敷いて、腰を下ろす。
 それを見届けた、案内役のツムギが口を開いた。

「それでは、時間までお花見を楽しんでください! 何かあったらすぐ駆けつけますんで言ってくださいね! ごゆっくり~」

 ツムギがひらひらと手を振って去っていったのを確認して、アルトは俺たちの前に持ってきたかごを置いた。
 俺の持ってきた分も置く。

「じゃあ、早速始めよっか。持ってきたけど、このかごは何が入っているのかな?」

「えと、お花見といえばお弁当なので、ツムギちゃんと作ってきました。お口に合えばいいのですが……」

 サクラがかごを開ける。
 中には大きな四角い箱が3段と半透明の箱が1つ。そして、いくつかの水筒のようなもの。
 他には紙の皿やらが詰められていた。

「この箱は弁当箱か? デカいな」

「これは、重箱といって、大人数で食べるときに使うお弁当箱です。1番目と2番目の段が私の国の料理です。3段目は紬ちゃんが、皆さんの国の料理を作って入れてくれました。こっちのタッパーは果物です。飲み物は甘酒、水、緑茶、お酒を準備してあります」

 メニューの説明書きが一緒に入っていたようで、サクラが重箱の中身を1つずつ紹介してくれる。
 何だかサクラの世界の料理は、茶色や白、黄色、緑、赤色といった彩が良くて、いいにおいがする。
 特に肉の匂いが香しい。
 俺たちの世界の料理やヴァーミラの世界の料理が入っている段を見ると、片や見慣れた料理。片や血の様な赤と黒で覆われた、見た目から食欲の失せる料理。
 なにかの足の様なものが血のように赤い液体の海から飛び出ている。
 俺とアルトは顔を見合わせた。
 アルトの目はすでに覚悟を決めている。
 俺は……すまん。この得体のしれない目玉や足は、食べられそうにない。
 俺はサクラの手料理から、黄色い卵を薄く焼き重ねて巻いたもの、卵焼きと言うものを取って口に運ぶ。
 ふわっと広がる卵の味と魚の旨み。
 そして、この世界に来た時や『ニクジャガ』から感じた発酵した穀類の匂いと塩味。
 俺の国の卵を焼いた料理とは明らかに違う味に驚いた。

「……美味い」

 ぽつり、心の底から漏れた声だった。
 それまでずっと、俺の顔を見て心配そうな顔をしていたサクラは、その言葉を聞いた瞬間、ふわぁっと桜の花が咲くみたいに可憐な、極上の笑顔で笑う。
 少し気恥ずかしそうだが、とても褒められてうれしいといった心のままに笑っている笑顔だ。

「――よかったぁ!」

 その瞬間、今までかつて感じたことのないぐらいに胸が高鳴る。

「? どうしたんですか? アッシュさん?」

 サクラがいきなり黙ってしまった俺を心配して声をかける。
 サクラの顔が近くで俺を覗き込むように見ていた。
 頭1つ分開けた位の至近距離で、サクラと目が合う。
 それを、理解したと同時に顔が熱くなった。

「!!!……あぁ、いや、何でもない」

 慌てて顔を背け、平静を装う。
 そう返事はするものの、内心ドラゴンが体内で踊っているような激しい動悸がする。

「あの、もしかして美味しくなかったですか? 気を遣わなくていいんですよ?」

「そんなことはない。本当に美味い」

「そうですか? それならよかったです!」

 サクラが不安げに味の心配を口にしたところを、冷静に対応する。
 サクラは何とか笑ってくれたので、本心だと伝わったのだろう。よかった。
 しかし、内心、冷や汗がでるような心地がした。
 あれはいったい何だったんだろうか?
 激しい動悸と何とも言えない焦燥感、僅かに野生の本能が近づくことを拒否するような危険な匂い。
 俺は気付かないふりをして、可憐に咲き誇る『サクラ』を眺めていた。
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