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アッシュ・テイラー、打ち合わせる
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世界政府アーニメルタ支店を出た俺は、アーニメルタ内にあるグラドシア兵の寮に戻った。
自室で着替えを済ませ、訓練場に出ると見知った顔が見える。
訓練用の剣を取り、彼らに混じると、同期のエルフ、アルトが声をかけてきた。
アルトは金糸のようなサラサラの髪を後ろで一つにまとめた美人で、中性的な顔立ちだ。
その容姿と人当たりのいい性格から、俺と同じように兵団の中でも人気がある。
「アッシュ、大丈夫だった? コンドル団長に呼ばれたらしいね?」
「あぁ。行ってきた」
「なんだ? 女がらみか?」
黒いくせ毛に男らしいホリの深い顔立ちの人間であるマークは、ニヤリといやらし笑みを浮かべている。
腹立たしいことに、悪友であるこいつもモテる部類だ。
基本的には俺たちは3人で良くつるんでいる。
「マークうるさい」
マークの想像とは違うだろうが、ある意味女がらみだ。
思わず眉間にシワを寄せて、黙らせようとしたが、逆効果だったようだ。
「うわ、図星かよ……絶対そのうち猟銃で打たれるぞ」
半ば同情、半ば呆れたような表情を浮かべるマークにイラつくが、剣の手入れに頭を切り替える。
「お前が考えてることとは違う」
俺達の不毛なやり取りに、アルトが仲裁に入る。
「それで、アッシュはホントに大丈夫かい? なんだか、気落ちしているようだけれど?」
「いや……」
俺はため息をつく。
どうせ明日明後日と勤務を休むことになるのだ。そうすればバレることだ。
俺は観念して、先ほどの団長と副団長の話をする。
「……王命が下った。明後日行われる世界政府主催の婚活パーティーに出席しろだと。明日、挨拶がてら主催の仲人と会う予定だ」
「「……」」
一瞬、2人は固まっていたが、すぐに大声で笑い始めた。
「あっははははっ、マ、ジかよ! ……はぁ、笑いすぎて腹いてぇ」
「ちょっと……マーク! ふっくくく、笑ったら悪いよ……あんなに嫌がってたのにっ、ふふっ」
「……お前らな」
俺は手入れ中の剣の錆びにしてやろうと本気で思った。
アルトは目尻を指で拭ってから口を開いた。どれだけ笑ったんだ。
「あぁ……でも良かったじゃないか。運命の出逢いなんて素敵なことだよ! 僕も一緒に参加しようかな?」
「……」
どこがだよ、異世界で探さなくてもそこら辺の女でいいだろ、と思うが口には出さない。
アルトは世界政府の本部があるリチュラプッセの出身だ。
異世界婚には大賛成だろう。
俺も別に異世界婚に偏見はないが、ただめんどくさい。
気が向いた時に会って、干渉もない、そんな恋愛がいい。
だが、異世界対応型婚活システムを使った異世界人との出逢いとなると、そうはいかない。
何と言っても真剣度合いが違う。
そして、ふと思う。
アルトが運命の人を見つけて、陛下の言う【トウトイ】をもたらせば、俺が相手を見つけなくてもいいんじゃないかと。
団長や団員総出での慰めは腹立たしいが、縁がなければ仕方がないからな。
「副団長も他のやつを一緒に連れて行ってもいいと言ってたから、アルトがいいなら構わないが……」
「んじゃ、俺も一緒に行って2人の出逢いを見届けてやるよ!」
「お前も来るのかよ……はぁ。分かった。その代わり、明日の挨拶もついて来いよ」
************************************
そして、翌日。
俺たちは昨日も訪れた世界政府アーニメルタ支社に来ていた。
今日はここの転移装置を使うことになっている。
「初めまして。本日の案内をさせていただきます、仲人のカナタ・ワタラセと言います」
カナタ・ワタラセは大きな垂れ耳を持つ犬人族だった。
アルトが驚いたように声をかけた。
「へぇ! 珍しいね。ワタラセの人が付くなんて」
「実は、今回のパーティーは主催国にとって初の試みなので、助っ人要因として呼ばれているんです。それに、皆さんの転移も王命でしょう? 一応高待遇ということで」
「なるほどね」
「そういやこれ、アッシュが持ってきた王命だったな」
「それでは、話はその辺で。転移の時間です。皆さん異世界転移のご経験はありますよね?」
俺たちが頷くと、カナタは人の良い笑みを浮かべる。
「では説明は不要かと思いますが、ここにある女神エルの像へ向かって、このアーチを潜ってください。行きたい国を思い浮かべてくださいね。あ、行先は『ニホン』という国です。では、僕の後に続いてください」
俺たちの目の前にあるのは、木でできた女神エルの像と精巧な文様の彫られた木のアーチである。
アーチの間からは女神像がはっきりと見えているが、この間には何もないように見えて『異空間へのベール』が揺らいでいる。
カナタはそう言うと迷いなく、アーチに向かって歩き出した。
俺たちもそのあとに続く。
女神像を見据えて歩き、たどり着いたところには、木の女神像ではなく、青銅の女神像が建っている、ほの暗い倉庫のようなところだった。
なんだろうこの形容し難い匂いは……。
香ばしいような甘いような香りだ。今まで嗅いだことのない……。
初めて来た世界を興味深げに見る俺たちにカナタが声をかける。
「さ、皆さん着きましたね。では、会場に案内します」
倉庫を出ると、渡り廊下のようなところに出た。
廊下を渡らずに、外へ出て、小さな石が敷かれた地面を歩く。
見えてきたのは立派な黒っぽい屋根の建物と人だ。
リチュラプッセでよくあるパーティー用の拡張テントを張っている最中のようだ。
カナタはテントから離れた位置に立っている女性のもとへ向かい、声をかけた。
「やぁ、紬。アーニメルタから明日の参加者を連れてきたよ」
「あ、カナタさんありがとうございます! 初めまして皆さん。今回のパーティーにご参加いただきありがとうございます。日本の仲人、ツムギ・ワタラセです」
綺麗な真っすぐに伸びた黒髪が美しい女性だ。清楚というか穢れがなさそうな雰囲気をまとっている。
「あ! おにーちゃーん!!! カナタさんきたー!!!!!」
彼女はテントを立てる作業中の団体に向かって大声を張り上げて、ブンブン手を振っている。清廉な雰囲気はかき消えた。
前言撤回。
これはきっとネズミの皮をかぶったトラだ。
その後も呼ばれて来た男の仲人も現れて、室内に上がって参加者についての説明を受けることになった。
建物に入る途中、アルトの背を小突く。
「アルト、俺ちょっと抜けるから」
「え……もう仕方ないな。帰るまでに戻っておいでよ?」
アルトは苦笑しながらも小声で返した。
「ありがとな」
勝手に帰らないようにアルトにエルのネックレスを預ける。
他の奴らの目を盗み、サッと子犬サイズの狼になって、茂みに隠れた。
茂みを歩いて、日当たりの良い昼寝スポットを探す。
ちょうど良さそうな場所を見つけて、丸くなる。
ぽかぽかと温かい陽だまりと涼しい風が心地いい。
俺はすぐにうとうとし始め、幸せな居眠りを楽しむために目を閉じた。
どれぐらいの時が経っただろうか。
ふと階段を上ってくるような音が聞こえた。軽い足音だ。女性か?
特に危険も感じなかったので、そのまま寝過ごすことにする。
上ってきたのは予想通り女性だった。
まだ少しあどけなさを残したような童顔にカラスの様に黒く腰まである長い髪。
ぽってりした淡いピンクの唇。
彼女は何か大きな本の様なもの持っている。
じっと見ていると、彼女がこちらを向いた。
何か言ったのが見えたが聞こえなかった。
彼女は俺の所まで歩いてきて、俺の前にしゃがんで何か話しかけてきた。
その時、くらくらするようなとても甘い匂いがした。
『あなた、1人なの? 紬ちゃんちの子?』
アルトにネックレスを預けたことを悔やんだ。今の俺には彼女の言葉が分からない。
「アン!」
言っていることは分からないが、ここは異世界、そして女性。
サービスしてやろうと思い、彼女の膝にぐりぐりと頭を押し付けた。
どうだ。可愛いだろう?
『可愛いね。よしよし。いい子だね~』
可愛らしく笑って手を出してきたので、頭を触らせてやる。
あぁ、いい。もっとなでろ。
暖かい手に包まれて、とても気持ちがいい。
暫く俺は彼女の好きにさせてやることにした。
『もふもふ~!』
気持ちのよい感触に目を閉じる。
そこから俺の記憶はなく、気付いた時には彼女に転がされ、腹を撫でられていた手が止まったところだった。
『あ、そろそろ回覧板届けなくちゃ。ごめんね』
彼女は少し名残惜しそうに俺の腹から手を離す。
そして俺が呆然としている間に、そのままどこかへ行ってしまった。
「クウ~ン」
無意識に寂し気な鳴き声が漏れる。
打ち合わせを終えたアルトが俺を探しに来るまで、俺はただただその場で彼女の去った方角を見つめていた。
自室で着替えを済ませ、訓練場に出ると見知った顔が見える。
訓練用の剣を取り、彼らに混じると、同期のエルフ、アルトが声をかけてきた。
アルトは金糸のようなサラサラの髪を後ろで一つにまとめた美人で、中性的な顔立ちだ。
その容姿と人当たりのいい性格から、俺と同じように兵団の中でも人気がある。
「アッシュ、大丈夫だった? コンドル団長に呼ばれたらしいね?」
「あぁ。行ってきた」
「なんだ? 女がらみか?」
黒いくせ毛に男らしいホリの深い顔立ちの人間であるマークは、ニヤリといやらし笑みを浮かべている。
腹立たしいことに、悪友であるこいつもモテる部類だ。
基本的には俺たちは3人で良くつるんでいる。
「マークうるさい」
マークの想像とは違うだろうが、ある意味女がらみだ。
思わず眉間にシワを寄せて、黙らせようとしたが、逆効果だったようだ。
「うわ、図星かよ……絶対そのうち猟銃で打たれるぞ」
半ば同情、半ば呆れたような表情を浮かべるマークにイラつくが、剣の手入れに頭を切り替える。
「お前が考えてることとは違う」
俺達の不毛なやり取りに、アルトが仲裁に入る。
「それで、アッシュはホントに大丈夫かい? なんだか、気落ちしているようだけれど?」
「いや……」
俺はため息をつく。
どうせ明日明後日と勤務を休むことになるのだ。そうすればバレることだ。
俺は観念して、先ほどの団長と副団長の話をする。
「……王命が下った。明後日行われる世界政府主催の婚活パーティーに出席しろだと。明日、挨拶がてら主催の仲人と会う予定だ」
「「……」」
一瞬、2人は固まっていたが、すぐに大声で笑い始めた。
「あっははははっ、マ、ジかよ! ……はぁ、笑いすぎて腹いてぇ」
「ちょっと……マーク! ふっくくく、笑ったら悪いよ……あんなに嫌がってたのにっ、ふふっ」
「……お前らな」
俺は手入れ中の剣の錆びにしてやろうと本気で思った。
アルトは目尻を指で拭ってから口を開いた。どれだけ笑ったんだ。
「あぁ……でも良かったじゃないか。運命の出逢いなんて素敵なことだよ! 僕も一緒に参加しようかな?」
「……」
どこがだよ、異世界で探さなくてもそこら辺の女でいいだろ、と思うが口には出さない。
アルトは世界政府の本部があるリチュラプッセの出身だ。
異世界婚には大賛成だろう。
俺も別に異世界婚に偏見はないが、ただめんどくさい。
気が向いた時に会って、干渉もない、そんな恋愛がいい。
だが、異世界対応型婚活システムを使った異世界人との出逢いとなると、そうはいかない。
何と言っても真剣度合いが違う。
そして、ふと思う。
アルトが運命の人を見つけて、陛下の言う【トウトイ】をもたらせば、俺が相手を見つけなくてもいいんじゃないかと。
団長や団員総出での慰めは腹立たしいが、縁がなければ仕方がないからな。
「副団長も他のやつを一緒に連れて行ってもいいと言ってたから、アルトがいいなら構わないが……」
「んじゃ、俺も一緒に行って2人の出逢いを見届けてやるよ!」
「お前も来るのかよ……はぁ。分かった。その代わり、明日の挨拶もついて来いよ」
************************************
そして、翌日。
俺たちは昨日も訪れた世界政府アーニメルタ支社に来ていた。
今日はここの転移装置を使うことになっている。
「初めまして。本日の案内をさせていただきます、仲人のカナタ・ワタラセと言います」
カナタ・ワタラセは大きな垂れ耳を持つ犬人族だった。
アルトが驚いたように声をかけた。
「へぇ! 珍しいね。ワタラセの人が付くなんて」
「実は、今回のパーティーは主催国にとって初の試みなので、助っ人要因として呼ばれているんです。それに、皆さんの転移も王命でしょう? 一応高待遇ということで」
「なるほどね」
「そういやこれ、アッシュが持ってきた王命だったな」
「それでは、話はその辺で。転移の時間です。皆さん異世界転移のご経験はありますよね?」
俺たちが頷くと、カナタは人の良い笑みを浮かべる。
「では説明は不要かと思いますが、ここにある女神エルの像へ向かって、このアーチを潜ってください。行きたい国を思い浮かべてくださいね。あ、行先は『ニホン』という国です。では、僕の後に続いてください」
俺たちの目の前にあるのは、木でできた女神エルの像と精巧な文様の彫られた木のアーチである。
アーチの間からは女神像がはっきりと見えているが、この間には何もないように見えて『異空間へのベール』が揺らいでいる。
カナタはそう言うと迷いなく、アーチに向かって歩き出した。
俺たちもそのあとに続く。
女神像を見据えて歩き、たどり着いたところには、木の女神像ではなく、青銅の女神像が建っている、ほの暗い倉庫のようなところだった。
なんだろうこの形容し難い匂いは……。
香ばしいような甘いような香りだ。今まで嗅いだことのない……。
初めて来た世界を興味深げに見る俺たちにカナタが声をかける。
「さ、皆さん着きましたね。では、会場に案内します」
倉庫を出ると、渡り廊下のようなところに出た。
廊下を渡らずに、外へ出て、小さな石が敷かれた地面を歩く。
見えてきたのは立派な黒っぽい屋根の建物と人だ。
リチュラプッセでよくあるパーティー用の拡張テントを張っている最中のようだ。
カナタはテントから離れた位置に立っている女性のもとへ向かい、声をかけた。
「やぁ、紬。アーニメルタから明日の参加者を連れてきたよ」
「あ、カナタさんありがとうございます! 初めまして皆さん。今回のパーティーにご参加いただきありがとうございます。日本の仲人、ツムギ・ワタラセです」
綺麗な真っすぐに伸びた黒髪が美しい女性だ。清楚というか穢れがなさそうな雰囲気をまとっている。
「あ! おにーちゃーん!!! カナタさんきたー!!!!!」
彼女はテントを立てる作業中の団体に向かって大声を張り上げて、ブンブン手を振っている。清廉な雰囲気はかき消えた。
前言撤回。
これはきっとネズミの皮をかぶったトラだ。
その後も呼ばれて来た男の仲人も現れて、室内に上がって参加者についての説明を受けることになった。
建物に入る途中、アルトの背を小突く。
「アルト、俺ちょっと抜けるから」
「え……もう仕方ないな。帰るまでに戻っておいでよ?」
アルトは苦笑しながらも小声で返した。
「ありがとな」
勝手に帰らないようにアルトにエルのネックレスを預ける。
他の奴らの目を盗み、サッと子犬サイズの狼になって、茂みに隠れた。
茂みを歩いて、日当たりの良い昼寝スポットを探す。
ちょうど良さそうな場所を見つけて、丸くなる。
ぽかぽかと温かい陽だまりと涼しい風が心地いい。
俺はすぐにうとうとし始め、幸せな居眠りを楽しむために目を閉じた。
どれぐらいの時が経っただろうか。
ふと階段を上ってくるような音が聞こえた。軽い足音だ。女性か?
特に危険も感じなかったので、そのまま寝過ごすことにする。
上ってきたのは予想通り女性だった。
まだ少しあどけなさを残したような童顔にカラスの様に黒く腰まである長い髪。
ぽってりした淡いピンクの唇。
彼女は何か大きな本の様なもの持っている。
じっと見ていると、彼女がこちらを向いた。
何か言ったのが見えたが聞こえなかった。
彼女は俺の所まで歩いてきて、俺の前にしゃがんで何か話しかけてきた。
その時、くらくらするようなとても甘い匂いがした。
『あなた、1人なの? 紬ちゃんちの子?』
アルトにネックレスを預けたことを悔やんだ。今の俺には彼女の言葉が分からない。
「アン!」
言っていることは分からないが、ここは異世界、そして女性。
サービスしてやろうと思い、彼女の膝にぐりぐりと頭を押し付けた。
どうだ。可愛いだろう?
『可愛いね。よしよし。いい子だね~』
可愛らしく笑って手を出してきたので、頭を触らせてやる。
あぁ、いい。もっとなでろ。
暖かい手に包まれて、とても気持ちがいい。
暫く俺は彼女の好きにさせてやることにした。
『もふもふ~!』
気持ちのよい感触に目を閉じる。
そこから俺の記憶はなく、気付いた時には彼女に転がされ、腹を撫でられていた手が止まったところだった。
『あ、そろそろ回覧板届けなくちゃ。ごめんね』
彼女は少し名残惜しそうに俺の腹から手を離す。
そして俺が呆然としている間に、そのままどこかへ行ってしまった。
「クウ~ン」
無意識に寂し気な鳴き声が漏れる。
打ち合わせを終えたアルトが俺を探しに来るまで、俺はただただその場で彼女の去った方角を見つめていた。
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