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第9章

第290話

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 ヴィヴィアンさんたちの調査に協力すると決めた俺と精霊様方は、フェリーク・ジャルダンでの暮らしを楽しんでいる姉さんたちと情報共有し、妖精喰らいによる被害や残っている痕跡を調査する為に動き出した。

「幸いなことに、ここに暮らしている者たちの中で妖精喰らいに襲われた者や、命を奪われた者は今の所はいない」(リアンノン)

 一番最初にリアンノンさんから話を聞いた所、現状フェリーク・ジャルダンで妖精喰らいによる被害はないとのこと。
 超一流の魔術師であるリアンノンさんの各種防衛魔術が森中に張り巡らせてあり、敵意のある存在、魔物や魔獣などがフェリーク・ジャルダンに近づけば直ぐに分かるそうだ。
 それこそ、強大な個体となっている妖精喰らいがフェリーク・ジャルダンや付近の森に現れれば、即座にリアンノンさんの魔術が起動して侵入を把握する。
 だが問題となっている妖精喰らいの存在が国中に周知されてから現在まで、リアンノンさんの魔術が起動する事もなく、妖精喰らいが目撃されたという報告もないそうだ。

「問題の妖精喰らいは、下位精霊を何名か喰らっているのが分かったわ」(エレイン)
「リアンノンの魔術が傑出けっしゅつしているのは重々理解しているけれど、精霊も私たち妖精側の存在だと無意識においても認識している事が、妖精喰らいに対して有利になっている可能性があるのよ」(モルガン)
「今回生まれた妖精喰らいは、いつもの妖精喰らいとは違う。あらゆる可能性を考えて、どのような状況でも対応出来るようにしておかなければならないわ」(ヴィヴィアン)
「では、直ぐにでも……」(リアンノン)

 防衛魔術の見直しに向かうためにと動き出そうとしたリアンノンさんを、ヴィヴィアンさんが右手を前に出して制する。

「リアンノンは里に残り、もう一度被害者や行方不明者がいないかを念入りに確認して」(ヴィヴィアン)
「妖精喰らいが積極的に狙うとなると……」
「……まだのはずよ。だから、お願い」(エレイン)
「――――ああ、分かった」(リアンノン)

 ヴィヴィアンさんたちの現状で最悪の予想に、リアンノンさんの纏う空気が一段と真剣で重いものとなる。
 俺や精霊様方、姉さんたちも同じく最悪の予想に気持ちを切り替える。中でもセインさんは、生まれ故郷である里の仲間たちが傷つけられた可能性があるとあって、全身から荒ぶる魔力が溢れ出ている。
 いつも冷静でマイペースなセインさんが、ここまで感情を表に出すことに驚く。調査中に妖精喰らいに遭遇したら、いきなり特攻を仕掛けるんじゃないかと思う程感情がたかぶっている。
 そんなセインさんにリアンノンさんがそっと近寄り、左手をセインさんの頭にポンと乗せて優しく撫でる。

「セイン。冷静に」(リアンノン)
「………………」(セイン)

 リアンノンさんに優しくなだめられ、セインさんの怒りによる昂ぶりが収まっていく。
 全身から溢れて出ていた荒ぶる魔力が消え去り、いつもの凪のように静かな魔力へと戻る。
 リアンノンさんの言葉と行動で直ぐに冷静になれるということから、それだけセインさんの中でリアンノンさんの存在が大きいということが改めてよく分かる。

「落ち着いたか?」(リアンノン)
「……少し感情が乱れた。けど、もう落ち着いた。大丈夫」(セイン)
「ははは、そうか。外の世界での暮らしで逞しくなったな」(リアンノン)
「元々私は逞しい。リアンノンは私を甘く見過ぎ」(セイン)

 セインさんが小さな子供のようにむくれる。それを見たリアンノンさんは謝りながら、再び頭を優しく一撫でして笑いかける。

「そうか、そうか。それは悪かった。……さて、それじゃあ私は里内の調査に向かう」(リアンノン)
「お願いね」(ヴィヴィアン)

 ヴィヴィアンさんの言葉に、リアンノンさんは真剣な表情で頷いて返す。

「そっちも十分に気をつけろ。何があったとしても冷静にな」(リアンノン)
「分かってる。もし暴走しても、私には頼れる仲間がいるから大丈夫。だから、任せて」(セイン)

 リアンノンさんの言葉に対して、セインさんが笑みを浮かべながら答える。

「――――ああ、任せる。では皆、また後でな」(リアンノン)

 その答えにリアンノンさんは笑い返しながらも、視線を俺たちに向けて意思を伝えてくる。
 俺たちは『任せてくれ』という意思で頷いて返す。
 リアンノンさんは俺たちの返答に一度頷き、里内を調査する為に迅速に行動を開始した。

「それでは、私たちも調査を始めましょうか」(ヴィヴィアン)
「了解した」(レイア)

 ヴィヴィアンさんたちと共に森に入った俺たちは、まず最初にフェリーク・ジャルダンの周辺から調査を始め、妖精喰らいの痕跡がないかを徹底的に探した。
 物理的な痕跡から魔力的な痕跡までありとあらゆるものを見逃さず、魔物や魔獣の痕跡を見つけたら直ぐに報告していく。

「これはどうですか?」

 また一つ見つけた魔物や魔獣の痕跡を、傍にいるモルガンさんに報告する。
 モルガンさんは痕跡を数秒間ジッと観察した後、首を横に振って俺の質問に答える。

「残念だけど、これは妖精喰らいとは別の魔物によるものね」(モルガン)

 妖精喰らいは大きく太い角や鋭い牙を有しており、好戦的な性格も相まって残っている痕跡は荒々しいものが多いそうだ。
 妖精喰らいと戦闘になると木々や地面は角や牙、魔術によって大きく破壊されてしまい、美しい自然の光景が見るも無残なものに変わり果ててしまうのだという。

「妖精喰らいは強大で賢い個体となっても、生来の獰猛な性質が強く残る魔物ですか」

 俺の言葉にモルガンさんはその通りよと答えを返してくれる。
 魔物や魔獣の中には強大な個体となり賢くなったからこそ、より相手をいたぶることや破壊することなどを楽しむ個体も現れる。
 そして、妖精族の大敵たる妖精喰らいはその部類になりやすい魔物の一種なのだろう。
 そんな事を考えていると、モルガンさんが俺に質問をしてきた。

「カイルさん。ライノスとオボロの魂に出会い、友になったと精霊様たちから聞きました」(モルガン)

 モルガンさんの口からライノスさんとオボロさんの名が出たことに驚く。
 そして二人との衝撃的な出会いから、狐人族の隠れ里で過ごした短いながらも非常に濃い日々を思い出す。

「モルガンさんは、ライノスさんとオボロさんとは?」
「ええ、私も二人とは友人です」(モルガン)

 俺の質問にモルガンさんは懐かしそうにしながら微笑む。
 その懐かしそうな表情から、モルガンさんとライノスさんたちが友人となったのは恐らく二人がまだ生きていた頃、妖精国ティル・ナ・ノーグを建国する為に動き出した辺りか、それよりも前のことなのだろうと予想する。

「二人は元気でしたか?」(モルガン)
「元気でしたよ。ライノスさんもオボロさんも出会いはそれぞれ別でしたが、魂だけとは思えない程明るい人たちでした」
「そうですか、元気でしたか。……二人とも変わりませんね」(モルガン)

 モルガンさんはそう言って、今度は心の底から嬉しそうに笑みを浮かべた。
 そんなモルガンさんを見て、ライノスさんたちとの出会いや、妖精国ティル・ナ・ノーグ建国までの日々がどのようなものだったのかが気になった。
 その中でも一番気になったものといえば、精霊様方との会話に出てきたモルガンさんたちが様付けする存在、妖精国ティル・ナ・ノーグを統べる王であるアステリアという名前の人物。
 モルガンさんたちと同じ湖の乙女である妖精の一人なのか、それともまた別の役割を持っている妖精なのかなど、未知の事を知りたいという好奇心が強くなっていく。
 そして好奇心に従ってモルガンさんに色々と質問しようとしたその時、静かで雄大な豊かな森の中に突如として禍々しい魔力が現れた。
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